なわとびコラム

ライバルを育てたい理由と本音

こんにちは!

なわとびパフォーマーのまっちゃんです。

自分は他団体やチームに指導をすることも多いのですが、これが他のスポーツだと意外とタブーだったりするようです。

他団体を教えてライバルを強くして、自分たちに不利になってしまうじゃないか!というのが理由なんだとか。

競技の普及具合とかによっても変わると思いますが、自分としては積極的にライバルを育てる方が、いまの縄跳び業界には良いんじゃないかと考えています。

ライバルは最高のモチベーション

ライバルは憧れの存在とは少し異なります。

憧れの存在は雲の上の人。自分には到達できないようなレベルで、いつかあぁなりたい!という感情を持つのが憧れです。今日明日、ちょっと頑張ったぐらいじゃ到達できないのがポイントですね。

一方でライバルは憧れほど遠くなく、手を伸ばせばお互いに触れるぐらいの距離感の実力差。○○では勝てるけど、〇〇では負ける。実力が拮抗していて、切磋琢磨したくなる間柄がライバルなんです。

憧れが持つモチベーション

憧れの存在は雲の上なので、簡単には到達できません。かっこいい!すごい!という感情が全面に出て、あんな風にいつかなりたいなぁという対象です。

もちろん時の流れで憧れの存在を追い抜くこともありますが、数ヶ月や数年単位で時間を掛けて追いかける存在です。

また競技力や成績だけでなく、その人の生き方に感化されていることも多く、いわゆる背中を追いかける対象になるのが「憧れの存在」ですね。

ライバルが持つモチベーション

ライバルはいわば伴走者のようなもの。自分の隣にいつも居て、気付けば一歩前に進んでいるような相手です。

お互いが敵視しているという訳でなくとも、相手に負けたくない!や相手も頑張っているんだから!と自分自身の位置を強く意識させてくれる対象です。

さらに縄跳びにおいては、勝ち負け以上に一緒に練習して楽しい!というのも、ライバルが居ることの非常に重要なポイントですね。

ライバルが居ないと弱い

物事に挑戦するには目標やゴール設定が有効です。なわとび競技でも同じことで、何回跳ぶとか○○の技や跳びたいとかって、目標がある方が上達が早まります。

でもこの目標が、独りでやり続けていると見失いやすいんです。

誰に言われるわけでもない。自分ひとりで目標を設定して、目標を目指して練習をしていく。言葉で言うのは簡単ですけど、行動で続けるのはこれほど難しいことはありません。

これまでも多くの選手が目標やモチベーションが続かなくなって辞めていきました。

それぞれの事情はあったにしろ、ライバルになる存在が身近にいれば、もう少し状況が変わっていたのでは?と思うのです。

独り占めの虚しさ

できることなら、指導者は自由に競技の楽しさを伝えられる立場に居てほしいと考えています。

もちろん競技特性や普及具合、ビジネスとの絡みがあるので一概に言い切れないのは理解できるんです。でも全体のレベルが上っていくことは、そんなに悪いことじゃないと思うのです。

たとえば日本なわとびアカデミーでは、オンラインレッスンや定期レッスンで指導をしていますが、自分はそれ以外の場でも選手や子供たちに指導をしています。

というより、自分が伝えられる指導方法やコツの情報なんて、どんどん価値がゼロに近づくと思ってるんですよ。※もちろん反論は認めます!

情報の価値はいずれゼロになる

インターネットがこれだけ発展してる時代です。

日本中はおろか世界中のどこにいても、無料でなわとび競技のノウハウや練習方法に関する情報を手に入れることができます。たまに地方でビックリするぐらい上手な子供がいて話を聞くと、往々にしてYouTubeを観て勉強してる!とのこと。

そう、いずれ情報そのものの価値はゼロに近づいていくんです。

そんな情報の価値を独り占めしてても、あんまり意味ないと感じてるんですよね。

ライバルや仲間にこそ価値がある

いずれ情報の価値はなくなる前提であれば、今ある情報をフルに提供していきたい。そのうえでライバルや仲間をどんどん増やしたほうが、何百倍も価値があります。

ライバルが1人増えれば、お互いに切磋琢磨することでより新しい次元に進むことができます。さらに仲間がいれば、ともに高め合うことができます。

情報を独り占めして仲間やライバルを作らないより、長い目で見てジャンジャン提供していったほうが確実に全体のレベルが上がるし、目に入る周囲の生徒たちのレベルも上がると思うのです。

まとめ

ありがたいことに、日本なわとびアカデミーで指導している生徒たちからは全国大会で優勝したり、国際大会で優勝したりする選手が続々と出ています。

よくよく見てると、彼らには必ずライバルがいるんですよ。

ライバルであり仲間であり、一緒に縄跳びを楽しめる間柄。そんな選手たちの姿を見てると、こっちが嬉しくなります。

まだまだ発展途上の縄跳び競技ですが、このまま指導者が自由に他のクラブや団体に教えられる風潮がづついてくれることを祈りたいです。