なわとび伝導師「縄のまっちゃん」のプロフィール

はじめまして!

なわとび伝導師の粕尾将一こと、縄のまっちゃん(@macchan8130)と申します。

高校生からずーっと縄跳びを続けていて、今でも縄跳びを仕事にしてパフォーマンスや子供向けの縄跳び指導をしています。

でもなわとびを仕事にしてるなんて、ちょっと不思議ですよね?

ここでは、縄のまっちゃんが縄跳びに出会って今までどうやって歩んできたかを紹介をします。

これまでの経歴と実績

おもな肩書

  • 一般社団法人日本なわとびアカデミー代表理事
  • 日本ロープスキッピング連盟 副会長
  • Asian Rope Skipping Association Director

おもな実績

  • Cirque du Soleil 常設講演「La Nouba」に2010年~2015年まで出演
  • なわとび競技アジアチャンピオン 個人総合優勝 2004年、2005年、2009年
  • なわとび競技全日本チャンピオン 個人総合優勝 2005年、2007年、2008年

おもな経歴

  • 全国の学校に出張指導で訪問。これまで15年間で約600箇所へ訪問
  • ノマド的節約術さまと年間スポンサー契約(2016年~)
  • 定期開催のJJRA名古屋なわとび教室を指導
  • 上記なわとび教室より2018年ジュニア世界チャンピオンを排出
  • 単著「どの子も夢中になる「なわとび学習カード」」を出版(2018年)
  • 「オドぜひ」「UP!」「花咲かタイムズ」「キャッチ」など各種東海地区のテレビに出演
  • 名古屋まつり2018に上記なわとび教室生徒とパレードで出演

なわとび経歴年表

2002年(16歳) 師匠と出会い、なわとびを本格的にスタート
2003年 小学校への出張授業をはじめる
INF全国なわとび選手権大会中高生の部で優勝
2004年 筑波大学体育専門学群にAC入試(一芸)で入学
アジアロープスキッピング選手権大会2004 個人総合優勝
2005年 アジアロープスキッピング選手権大会2005 個人総合優勝
第1回全日本ロープスキッピング選手権大会2005 個人総合優勝
2006年 第6回世界ロープスキッピング選手権大会 個人総合6位
右膝の前十字靭帯を完全断裂
茨城県つくば市で「まっちゃんのなわとび教室」をスタート
2007年 第3回全日本ロープスキッピング選手権大会2007 個人総合優勝
2008年 第7回世界ロープスキッピング選手権大会 個人総合9位
第4回全日本ロープスキッピング選手権大会2008 個人総合優勝
筑波大学院人間総合科学研究科 体育科教育専攻に進学
2009年 第5回アジアロープスキッピング選手権大会2009 個人総合優勝
なわとび競技を引退する
2010年~2015年 シルク・ドゥ・ソレイユと専属契約を結び、米国フロリダ州へ移住
常設公演「La Nouba」にSkiping Ropesのアーティストとして出演
2016年 契約満了(リストラ)で帰国
ノマド的節約術さまと年間スポンサー契約を結ぶ
名古屋なわとび教室を開始、縄跳中毒の指導をはじめる
2017年 一般社団法人日本なわとびアカデミー・JJRAを設立
2018年 単著「どの子も夢中になる「なわとび学習カード」」を出版
なわとび教室から世界チャンピオンを輩出する

なわとび伝導師をはじめたキッカケ

高校生でなわとび1本で生きると決断する

高校生2年(2002年)の時、偶然インターネットで見つけた師匠であるNAWA-NAWAの影響を受けて縄跳び競技を始めます。のめり込むように練習を続けて、気づけばアジアチャンピオンに上り詰めました。

そこで、競技を自分がやるだけじゃなくて、子どもたちに教えることができれば仕事にできるかもしれない!と一念発起し、2003年にはじめてのボランティアで初の小学校出張指導を行いました。高校2年の冬のことでした。

あっという間に噂が広がり、高校3年生では20校を超える小学校に訪問。縄跳びパフォーマーとして演技を披露したり、子供に教える楽しさに魅了されました。

このとき「このまま縄跳びで生きていこう!」と決断しました。

筑波大学で本格的に理論を学び、蓄積をする

日本一の体育の勉強ができる筑波大学にAC入試(一芸入試)で合格し、なわとびだけ切り開く人生がスタートしました。スポーツ科学を中心に「生理学」「教育心理学」「コーチング理論」などを学び、なわとび競技と指導に生かせるノウハウ研究に没頭します。

筑波大学に入ってからも近隣のつくば市小学校訪問を中心に活動を続け、年間で100箇所を超える小学校やイベントから声がかかるようになりました。

いまこうして指導をしている内容も、もとを正せばすべてが筑波大学で学び研究した理論がベースになっています。

右ヒザ前十字靭帯断裂の大怪我、挫折から転換期

右ひざの前十字靭帯断裂で選手生命の危機

2006年の夏、パフォーマンス中の着地に失敗し、右ひざの前十字靭帯断裂の大怪我を負います。ヒザの靭帯は完全に切れてしまい、手術を余儀なくされます。

手術後は日常生活に戻るまでに1ヶ月、走れるまでに3ヶ月、本格復帰に6ヶ月が必要と診断されました。もっとも波に乗っているタイミングで、選手生命の危機に立たされたのです。

何もできない病室で考えていたら「競技を続けるのは怪我や年齢で限界があるかもしれない。でも、『なわとび』というものを通じてできることは沢山ある!!」と気付きます。

この怪我をキッカケにして「パフォーマンス」と「指導」に対してより真剣に向き合うようになりました。

日本初、つくば市で「まっちゃんのなわとび教室」を開催

右ひざの前十字靭帯断裂をきっかけに、指導や後人育成に強い興味がわきます。

このタイミングで知人の紹介で「NPO法人アクティブつくば」と出会い、日本初となる定期開催のなわとび教室「まっちゃんのなわとび教室」をスタートさせます。

習い事でなわとび?ほとんどの人が疑問を投げかけましたが、スタートこそ10人弱で始まったなわとび教室が、多いときには100人を超えるまでの大規模な教室に。

2019年現在のトップ選手は、元々まっちゃんのなわとび教室の生徒だった選手がほとんどです。あの教室で、日本やアジアを牽引するトップ選手のキッカケ作りができたのかと思うと、なんとも嬉しい限りですね。

なわとび競技を引退。世界の舞台へ跳びだす

シルク・ドゥ・ソレイユと専属契約で渡米

怪我と体力の限界を感じ、2009年夏になわとび競技選手の第一線から引退します。

なわとびパフォーマーとして子ども達に縄跳びを伝える仕事をしようと考え始めたのもつかの間、世界的エンターテインメントサーカス集団「Cirque du Soleil」との専属契約の話が持ち上がります。

当時は筑波大学院で体育科教育の研究をしていましたが、二つ返事で中退して渡米。アメリカはフロリダ州オーランドにある「Disney World」内の常設シアターでソリストとして出演します。

競技とは違うエンターテインメントの世界。言葉や文化の壁を超えて仲間たちと作り上げる世界トップレベルのサーカスショー。2015年契約満了までの約2500回の長期出演を通じて、人に魅せるパフォーマンスとはなにか?を骨の髄まで学びました。

名古屋でなわとび指導の拠点を作る

シルク・ドゥ・ソレイユを契約満了で終了

2015年、出演していたシルク・ドゥ・ソレイユ「La Nouba」から、大人の事情でなわとびアクトが無くなる決定がされました。平たく言えばリストラですね。

契約がなくなればビザの関係でアメリカに居ることもできず、2016年の年始に帰国を余儀なくされます。帰国とはいっても30歳目前でなわとび以外に何もやってこなかった人間です。

これからどうしようか・・・?

どん底の心境で帰国の途につき、死に物狂いでリストラ後の生きるための戦略を考えては手当たり次第に行動を起こしました。

ノマド的節約術様とスポンサー契約を結ぶ

2016年にブログを通じて知り合ったヨッセンスのヨスさん、善照寺ブラザースのへんもさんとっしゃんさんに誘われ、香川県で開催されたブロガー合宿に参加しました。

ここでノマド的節約術の松本さんと知り合い、そのままノマド的節約術の松本さんと年間スポンサー契約を結ばせて頂くことになりました。

子どもたちに縄跳びを通じて夢を与えたい!の一新で突き進んできた人生に、これほど大きな転換期はありません。松本さんのおかげで一気に活動の幅も広がり、いまでも感謝してもしきれません!!

スポンサードをしてくださってる「ノマド的節約術」の松本さんと

名古屋を拠点に「なわとび指導」のパイオニアになる

シルク・ドゥ・ソレイユとの契約満了後は、愛知県名古屋市を拠点になわとび活動を開始します。

関東や関西にはすでに拠点があり、なわとび選手がたくさんいました。

だったら、誰もいない場所で新しい拠点を創るほうがオモシロそう!!!!!!

こんな発想で新天地「名古屋」でゼロから拠点づくりをはじめました。

2016年9月に「JJRA名古屋なわとび教室」をスタートし、同年の12月に開催された全国大会でいきなり優勝。急激に生徒数が増えたことで、2017年には一般社団法人日本なわとびアカデミー・JJRAを設立しました。

そしてついに、2018年世界大会でジュニア世界チャンピオンを輩出。

2019年4月現在でJJRA名古屋なわとび教室には50名ほどの生徒が在籍。国内トップレベルのなわとび指導拠点「名古屋」を生み出すことに成功しました。

選手クラスのパフォーマンスの様子

なわとびを「軸」に歩んできた人生

2002年からは、すべての事柄において「軸」に縄跳びがあります。

競技選手として国際大会に出場したのも、シルク・ドゥ・ソレイユに出演したのも、小学校へ出張授業へ行くのも、全てが縄跳びでした。

いまでは一般社団法人日本なわとびアカデミー・JJRAを通じて様々な事業を展開して、森口明利さんのスポンサーや各種なわとび関係者への協賛を積極的に行っています。

そして、なわとびを軸にした人生はこれからも続いていきます。

  • なわとびで、次は何をする?
  • なわとび1本で何でもできるのだ 

縄のまっちゃんのプチ情報

  • 本名は粕尾将一(かすおしょういち)国内に50程ほどしか居ない珍しい名字
  • 1986年3月18日生れ、妻と元気がありすぎる息子と3人暮らし
  • Disney World近郊に住んでいたのに、ほとんどディズニーに興味がない
  • ドラえもん大好き。映画のセリフはほぼすべて記憶してる
  • ブログ運営が大好き、Webサイトを創るのも大好き(このサイトも自分で創ってます)
  • 名古屋のお隣、蟹江町に自宅兼スタジオを建てる。レンタルスペースLOOPとして経営中
  • 息子5歳が2018年12月に二重跳びを初成功!親ばかを発揮。
  • 縄のまっちゃんが二重跳びができたのは小学校3年生。1年のときは前跳びすら微妙。
  • 好きな言葉 ⇒ 好きこそものの上手なれ
  • 苦手なモノ ⇒ 梅干し、セロリ
お知らせ

子どもに夢と自信をもって欲しい!をモットーに全国の小学校へ出張授業で訪問しています。出張授業のご希望の方は下記のページからご依頼ください。

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