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  • 観客を惹きつける「ステージの重心」という考え方

    観客を惹きつける「ステージの重心」という考え方

    パフォーマンス中、観客の視線は常に移動します。

    こっちでダンスを、次はこっちでバク転を…
    こんな具合に1つの場所に視線が集中し続けることはなく、常にと言っていいほど動き回っています。

    では観客の視線が集まるのはどのような場所でしょうか?このステージ上で観客の視線が集中する場所を「ステージの重心」と表現します。このステージの重心は飽きない演技を創る上でとても重要な概念。人は僅か数分でも「飽きる生き物」だからです。

    そこで今回は、ステージの重心の動き方、意図的な操作テクニックの一部を紹介します。

    視線は目立つ所にいく

    まずは下の写真を見てください。

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    あなたはどこに視線が行きましたか?
    きっと右から二番目のカップに行ったと思いますが、何故ですか?

    そう、右から二番目のカップだけ見た目が違うのです。他の4つは折り目があるのに1つだけ無い。目立つのです。これと似たような現象がステージ上では頻繁に起こっています。

    ステージの重心は後ろに流れやすい

    しかし良い目立ち方だけではありません。
    たとえば次の写真だと、あなたはどこに視線が行きますか?

    f:id:shoichikasuo:20141205125600j:plain

    これはダブルダッチの演技を想定した4つのカップです。センターに居るのがターナー、ジャンパー、そしてもう1人は何もなく立っている。

    さてどこに視線が移動しましたか?
    最初は前の方に居た視線が、気づくと何もしていない人に動きませんか?

    これも最初の「目立つ」と同じ原理で、ターナーもジャンパーも真剣に跳んでいるのに、後ろの方で何もしていない人が居ると、すーーっと重心が動いてしまいます。

    しかも目立つ人が後ろに居るのが良くない。なぜならステージの重心は後ろへと移りやいのです。コメディの定石にも「前にいる人を後ろで茶化す」というのがあるぐらい、後ろが僅かでも目立つとあっという間に重心が移動してしまいます。

    ステージの重心を意図的に動かす

    では反対にステージの重心を意図的に操る方法を紹介します。
    次の写真を連続で見てください。

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    f:id:shoichikasuo:20141205130517j:plain

    いかがですか?あなたの視線も動きましたか?

    最初の写真では4人の視線がこちらを見ています。ステージの重心はこの4人にあります。そして後ろの1人も4人の方を向いています。

    次の瞬間、一斉に4人が後ろの1人に視線を飛ばす。同時に後ろの1人がこちらを見ている。この瞬間に視線が後ろの1人に一気に集中する、つまりステージの重心が移動したのです。

    人は集団が1つの対象を見つめているとその対象が気になります。すると視線が動くのです。このように集団が視線を集めることで、意図的にステージの重心を生み出すことが出来ます。

    このようにステージ上の視線を意識することで、重心を意図的に操ることが出来ます。

    ステージの重心が動かない=飽きる

    ステージの重心の移動は「飽きさせない」ために重要になります。人は1つの対象をずーっと観ていることが出来ません。飽きるからです。

    これはステージでも同じこと。

    ステージの重心が動かないパフォーマンスとは、1点を見つめ続けさせるのと同じなのです。いくら技を組み込んでも変化が感じづらい。すると観客の視線はあちこちに散っていき、本当に見せたいポイントや演技を見てもらえなくなります。

    演技中、無駄に照明や音響機材、パフォーマンスに関係ないものに目線がいくことはありませんか?

    まとめ

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    人は自分が見たいものを見ます。
    一方でそれはパフォーマー側から仕掛けることも出来るます。

    ステージの重心はそのテクニックの1つ。重心がどこにあるかを意識すると、観客があなたの演技のどこを観ているかを推し量ることができます。

    ところが、観客の視線を無視した演技は「後ろにあった照明器具」に負けてしまう。

    せっかくなら観客に楽しんでもらいたいのがパフォーマー。次にパフォーマンスを創る時は是非「ステージの重心」を意識してみてください。

  • 舞台で「存在感」がないのは論外である:情熱と「存在感」の関係性

    舞台で「存在感」がないのは論外である:情熱と「存在感」の関係性

    http://www.flickr.com/photos/93279689@N00/414965641
    photo by miqul

    シルク・ド・ソレイユではステージでの「存在感」が重要だと言われます。

    シルクのステージは客席から見るよりも広く、客席は想像以上に遠くにあります。しかしステージに上るアーティストは観客1人1人に向かって演技を披露する。ここで大切になるのが「存在感」です。

    いくら世界レベルの技を持つ人でも、ポツンと演技をするだけでは観客まで届きません。アーティストの放つ存在感があって初めて観客まで届くのです。

    ではステージ上で重要な存在感とは、一体何なのでしょうか?

    身体を使ったパフォーマンスをする人にとっては大きな課題です。そんな存在感について興味深いページを見つけたので、ご紹介したいと思います。

    舞台での存在感

    (※)出典

    ★存在感に関して他にも興味深い記述があります。興味のある方はご是非覧ください。

    「存在感」は薄い状態とは?

    ではまず「存在感が薄い」とはどのような状態でしょうか?

    ここでは存在感が薄い状態の人を「身体が見えない」もしくは「地に足の着いていない」と表現しています。身体が見えないというのは、目の前にリアリティが無いということ。つまり目の前で「人体」という物質は動いているが、そこに何も感じることがないという意味です。

    ではなぜリアリティが失われ、単なる人体という物質に見えるのでしょうか。

    それは、舞台上で自分のやるべき事をやるのではなく、やるべき事をやっている「つもり」あるいは「思っている」状態の人の事である。

    その舞台に、自分は舞台に立っていると「思って」おり、その上に自分のやることを「やろうと思って」いるのだ。
    そうなると、上演するべき舞台に一切の現実感が無い。
    それがもう少し進歩すると、自分のやる「段取りを」常に頭の中に思っているという状態なのだ。

    それは、全てはその人の「頭の中で完結している」からである。

    最後の一文が全てを表しています。

    ステージ上では「AからBに歩く」のような段取りがあります。振付けです。文字にすれば単なる動作にしか見えませんが、実際のステージではこの移動中に多くの事情が含まれます。

    人は「歩くため」に「歩く」という行動はしません。歩くのは何か目的があるからです。そこにあるジュースを取りに行くのか、追い掛けてきた犬に見つからないためなのか、、、「歩く」という動作1つをとっても、非常に多種多様な「歩く」があり、その場面に即した歩き方があるのです。

    こうした背景を考えず、左右の足を交互に出すだけの「歩く」ではリアリティが生まれない。結果、存在感が薄くなります。

    ゾンビのパーティ

    映画のタイトルじゃありませんww

    これはアメリカのダンサー発掘番組「アメリカン・ダンス・アイドル」で審査員が発したコメントだそうです。

    「それはゾンビのパーティだろ」という審査員のコメントには大笑いしたが、それは正に存在感の無い、つまり、誰かに見せる為のものではなく自己完結しているダンスだった。

    ここで言うゾンビとは存在感の薄い人のこと。彼らが集団で踊っている様子を見て、審査員はゾンビのパーティと表現したのです。

    彼らがゾンビになってしまったのも上記のリアリティが無いから。ただ自分の頭の中で考えた「人体の動き」を再現しているだけだったのです。きっと本人たちはそれがダンスだと信じていたと思います。しかし上手に動くだけでは存在感は出せません。リアリティが不可欠なのです。

    では審査員は何を見ていたのでしょうか。

    オーディションならばダンス技術でしょうか?いいえ、技術は最低条件に過ぎません。技術がない人はスタートラインにすら立てません。

    ダンスに対する情熱や意思、そして技術、それ以上にそれを超えたもの、つまり、それらを持つ自分を超えようとしている意思が見えるダンサーを審査員は評価していた。

    酷なようですが、どれだけ練習をしても根本となる「情熱」だけは学習することが出来ないのです。良し悪しではありません。舞台に向くか向かないかの違いです。

    技術は当然のこと、審査員はこうした根本の「情熱」を評価していたのです。

    「存在感」の第一は情熱

    最後に、存在感を出すにはどうすればいいのでしょうか。それはこれまで見てきた事の反対をすれば良いのです。

    具体的には、

    舞台で余計なことを考えないこと、
    段取りを追いかけるような演技をしないこと、
    「間違えたくない」「自分をよく見せたい」と言った自意識に打ち勝つこと、

    といったところです。

    「頭」で考えるだけの動きに存在感はありません。頭で考える段階を乗り越えるべく、圧倒的な稽古と練習が必要になります。ここに「情熱」が不可欠になるのです。

    ここで著者は「死ぬほど稽古をしてみればいい」と助言します。ぶっきらぼうなようですが、実にもっともな意見です。死ぬほど稽古に打ち込んでも枯れない情熱を持ち合わせなければ、ステージに立つことは出来ません。

    自分が好きでやりたい、と言うのは間違っていない。
    しかし、そのことで観客が減って行くという、全体に対する迷惑をかけているという事を忘れてはいけない。
    どだい舞台上で「存在感」が無い、ということなど論外である。

    厳しいようですが、これがステージの世界なのです。

    まとめ

    いかがでしたか?

    「舞台上で存在感がないとは論外」との厳しい言葉もありましたが、いずれもプロとしてステージに立つ人間に問いかける言葉です。

    冒頭で「存在感について考えたこともないのかと答えに困った」と指摘をしていますが、日々ステージに立つ人間こそ一度立ち止まり「存在感」について考えることが大切ではないでしょうか?

  • 子どもは「ホームレス」からも学ぶ:大人が人を見切ることの罪

    子どもは「ホームレス」からも学ぶ:大人が人を見切ることの罪

    http://www.flickr.com/photos/123648128@N07/14267000334
    photo by meolog

    以前、バカとは会話をしない!と豪語する人が居ました。

    この人は国立大学出身のいわゆる高学歴。いつも「バカは流れが読めないし、通じない」「バカと話をすると咬み合わなくて疲れる」と主張します。

    たしかに彼女は頭が良い人だった。ボキャブラリーも豊富で学力も高かったことでしょう。しかしなぜか、この人と会話をしていると寂しさを感じずにはいられませんでした。

    人を見切ることの寂しさ

    「アイツはいつも的外れだ」「どうせこの程度のレベル」と人を安易に見切ってしまうのは寂しいことだと思います。たしかに社会で生活していると的はずれな事をぶつけてくる人も居るでしょう。しかし彼らが全てダメというわけではありません。本当に学ぶことは何か無かったでしょうか?

    もちろん成功の秘訣を学ぶのも良いことです。しかし反面教師も立派な学びです。あの人は○○という方法で失敗してしまったので、自分は同じ過ちをしないように気をつけよう。これは立派な勉強です。

    しかし見切ってしまった人からは何も学ぶことが出来ません。なぜなら「学ぶ価値なし」と勝手にあなたがレッテルを張ってしまうからです。その人が成功しても「どうせ偶然」と妬み、失敗すれば「ほれ見たことか」と罵る。

    これでは単に相手を見下しただけ。
    何も学べないのも仕方ありません。

    子どもに見切る背中を見せたくない

    見切りをする人は自ら学びの機会を失います。これは子どもでも同じことです。

    (子供たちが)先生は偉いと思うと、先生からいくらでも勉強できる
    この先生はバカだと思ったら、何も勉強しない
    子供はその人がホームレスであれ、偉いと思うと学ぶ
    あらゆる人から学ぼうと思う人はあらゆる人から学べる

    武田鉄矢(深イイ話)より
    出典:武田鉄矢 名言2|あなたの人生を変える言葉

    深イイ話に出演された武田鉄矢さんの言葉です。
    子ども達は大人を見ています。マネをします。我々が小馬鹿にした人は、子ども達も真似して小馬鹿にすることでしょう。こうして子ども達は貴重な学びの機会を失います。それは間接的とはいえ、大人が見せた背中の鏡なのです。

    まとめ

    これだけ簡単に情報が手に入る世の中です。その気になればスグに大量の情報と知識を仕入れる事ができます。しかし知識や情報を集めるだけが学びではないと思います。

    事の大小はあれ、人を通じて学ぶことはかけがえの無い機会です。ちょっと知識や情報を持っているからといって人を見切ってしまえば、あなたの学びはそこで終わってしまいます。

    とりあえず話を聞いてから、自分に合うか合わないかを腹の中で判断して、合っていると思えば実行していけばいいし、合っていないと思えば取り入れなければいいんだよ。

    引用:がんばらなくていいんだよ

    話を途中で遮りたい衝動を抑え、まずは聞いてみてはどうでしょうか。あとで取り入れるかどうかを判断すれば良いのです。

    次世代の子ども達には「人を見切る」ことの寂しさと、誰からでも学ぼうとする「好奇心」を伝えたいものです。

    がんばらなくていいんだよ

    がんばらなくていいんだよ

  • 意欲が湧き上がる!!子どもに運動を「楽しんでもらう」3つのコツ

    意欲が湧き上がる!!子どもに運動を「楽しんでもらう」3つのコツ

    http://www.flickr.com/photos/86533050@N00/2873569122
    photo by Chuckumentary

    人は何かを楽しんでいる時がもっとも上達します。
    子どもや生徒さんが活き活きと練習をしている姿を見れば、先生方の気持ちも自然と軽くなるものです。

    その一方で楽しんでもらう仕組みづくりは難しい。「いかに楽しんでもらうか?」を苦心して研究をしている方も多いと思います。

    そこで今回は、過去に実際なわとび教室で実践した人に楽しんでもらう仕掛け作りを紹介したいと思います。

    1.「もう出来る」をさせる

    まず心掛けたいのは「もう出来る」を見つけることです。子どもにとって「習得済み」は何とも心地よく誇らしい。壊れたように前跳びを跳び続ける子どもを見たことはありませんか?彼らも同じ理屈です。

    「もう出来る」をさせることは「よく出来たね」を子どもに与える手段になります。しかもほぼ確実に「よく出来たね」と褒めることも出来ます。また明言しなくとも、満面のドヤ顔でこちらを見つめていれば大成功です。

    できる事を繰り返しても上達しないと思われがちです。しかし「ヤル気」を起こさせるという意味では上達に大きく関係します。

    ヤル気が出た子どもは自ら進んで学びます。指示をしなくても勝手に練習を続けます。この状態こそが「上達のための準備段階」なのです。

    2.そんなの出来るよ!と錯覚させる

    できる事を続けて自身とヤル気が出てきた頃合いを見て、次は子どもを錯覚させます。「そんなこと出来るよ!」と子どもに思い込ませるのです。

    自分は錯覚を作るときに「ヨコの技術」を利用します。
    参考記事:俺の考える技術論 「タテ」と「ヨコ」の技術

    たとえば「1回旋2跳躍」は非常に効果的です。

    これは幼稚園生、小学校低学年がやる前とびですね。
    ではあなたも実際に跳んでみてください。一回旋二跳躍ができますか?

    ★★

    実際に跳ばれた方はお分かりと思います。これが案外難しい。小さい子どもが出来るのに、なぜ大人が出来ないのか不思議ですよね。

    種明かしをすると、実は今あなたがやった動きは小さい子どもがやる動きと厳密に言えば違います。表面的には同じように見えるのですが、あなたがやった一回旋二跳躍は高度なロープ操作が必要な別の技なのです。

    ためしに1年生と6年生で一斉にやると、殆どの1年生は出来るのに6年生の大半は苦戦するという面白い光景が広がります。本人達はなぜそうなるかは理解していません。しかし1年生の方は「前とび」の練習に役立ち、6年生の方は高度なロープ操作を練習するため「二重跳び」の習得に役立ちます。

    このように自分ならそのぐらい出来るよ!と感じる課題を上手に提案してあげることで、ヤル気の低下を防ぎ楽しんでもらうことが出来るのです。

    3.かっこいい!やりたい!という思いを引っ張る

    子どもには見た目が重要です。パッと見で「すげぇ!!!」と思えるような動きは積極的に取り組んでくれます。

    たとえば身体を一回転させる技なんかは大人気です。

    いきなり身体を一回転させて跳ぶので最初ビックリします。多くの子が「こんなの無理…」と感じると思います。しかし実際にはとても簡単な技。前とびが1回でも跳べる子なら、誰にでもできます。

    これは「2.『そんなの出来るよ!』と錯覚させる」と反対方向のアプローチです。「そんなの無理…」を思うような課題を「自分にも出来る!」へ促していく。見た目にカッコイイ技はモチベーションを上げるのに大変効果的です。

    まとめ

    楽しさは主観的な感覚です。本人が「楽しい」と思ってはじめて、楽しんでいるという状態になります。

    では他者の働きかけで楽しんでもらうことは不可能なのでしょうか?

    そんなことはありません。多くの人に共通する「楽しめるエッセンス」は存在します。このエッセンスを見つけるには、客観的に「楽しさ」を分析する必要があるのです。自分が楽しいから相手も楽しいに違いない!では、あまりに根拠が弱すぎます。これは「自分」というたった1人のサンプルを万人に無理やり当てはめようとする行為です。

    なぜこの課題が楽しいのか?誰が楽しんでいるか?どこに楽しさを生み出す要素があるのか?を徹底的に研究しましょう。

    運動学の権威である金子明友教授は「客観とは主観の集合体である」と述べています。つまり楽しさという主観的な感覚であってもサンプルを集めて凝縮すれば、「楽しさ」のエッセンスが生まれるのです。

    是非一緒に世界中の運動の「楽しさエッセンス」を見つけましょう。

    わざの伝承

    わざの伝承

  • 「美しさ」の判断基準がない採点競技は「観客」に見捨てられる

    「美しさ」の判断基準がない採点競技は「観客」に見捨てられる

    人が美しさを感じる「動き」には共通点があります。
    あなたがパッと思いつく「美しい動き」をしている競技は何でしょうか?

    http://www.flickr.com/photos/8852942@N08/4175299981

    photo by billsoPHOTO

    美しさの基準は存在する

    美しさの基準なんて個人や価値観で異なると思われがちです。本当にそうでしょうか?美しさを基準に据えている採点競技では、いずれにも共通する2つの動きがあると思うのです。

    それは「体操」「ダンス」

    例えばフィギュアスケートの上半身の動きはバレエが基盤にあります。シンクロナイズドスイミングもバレエが基盤にあり、その上で体操の要素を取り入れています。

    またこれらの競技では表面的にバレエや体操の動きを真似しているワケではありません。つま先を伸ばすのが美しい、宙返りの時は膝を閉じるのが良いなど、「良い動き」「悪い動き」という感性・基準・美意識を取り入れているのです。

    縄跳び競技はどうか?

    今の縄跳び競技には「美しさ」の基準がありません。何をもって美しいと判断するかの基準が存在しないのです。

    ただしこれは仕方のないことで、縄跳びにおける美しい動きとはなにか?という哲学的な問いに答えられないからです。すると「ミスがなければ美しいんじゃね?」「ロープが綺麗なら美しいんじゃね?」といった「技」に関連する事ばかり焦点が集まってしまう。結果「いかに難しい技をミスなく跳ぶか」に多くの比重が掛けられるようになります。

    一方で世間の人が「美しい」と思う動きの基準がある。
    だったら他の採点競技に見習って「美しさの基準」を拝借してしまうのはどうでしょうか。

    判断基準を取り入れる

    取り入れると言っても「つま先を伸ばせ」「宙返りで足が閉じろ」という字面だけではダメです。どうしてこの判断が生まれるかの基準を取り入れることが重要なのです。

    なぜ膝を伸ばすのだろうか?
    なぜつま先を伸ばすと良いのだろうか?
    なぜ着地でバランスを崩してはいけないのか?

    判断基準を持つことでこれらの「なぜ?」に答えることができます。引いては縄跳びで美しいとはどういうことか?の問いに答える道標になります。

    見る、を促すスポーツに

    今後、スポーツではいっそう観客を楽しませることが求められます。観客が見て楽しい・感動するといった要素が不可欠なのです。

    しかし技に偏重しつつある縄跳び競技にはこの要素が大きく欠けています。技の発表会に人は集まりません。観客が求めるのは技の難易度だけではありません。見たくなる演技です。美しい演技です。

    極めた動きには美が宿ります。しかし「極める」と「効率よく失敗しない」は必ずしも一致しません。

    将来の向かう先

    先日面白い試みを見つけました。
    下の映像はヨーロッパの協会が主催した「Rope Skipping Show Contest」という大会です。

    【競技の様子】

    大会HP(※)ドイツ語です
    競技ルール

    砕けて言えば「縄跳びパフォーマンス」の大会です。単縄でもダブルダッチもあり。コンテストと称しているので日本のDouble Dutch Contestを意識してのことでしょう。

    見るを促すスポーツとして日本のダブルダッチは非常に優れたモデルケースです。こうして世界中でコンテストの波が広がっているのが何よりの証拠。
    その背景にあるのは「ストリートの文化」です。ストリートという盤石な価値観や判断基準がダブルダッチをガッツリ下支えしているのです。

    今こそ縄跳び競技は「美しさの判断基準」を取り入れる時期。世界に誇るダブルダッチを生んだ日本なら、縄跳び競技に新しい価値観を入れることが出来るではないでしょうか。

  • 本気で習得するつもりなら『解釈』をヤメよう

    本気で習得するつもりなら『解釈』をヤメよう

    http://www.flickr.com/photos/14583778@N04/3020466221
    photo by irishwildcat

    「考えること」は大切だと言われています。
    巷にも「思考停止するな!」というキーワードが溢れ、自分で物を考えることが如何に大切かを伝えています。

    しかしあなたが何かを学ぶ時、「考える」と「解釈」を混同していませんか?

    初見宗家は「日野さん、頭の良い人間は駄目だね、自分で考えちゃうから。だから、辞めていく人は自分から破門してるんだよ、私は今迄誰一人として辞めさせたことはないよ、皆自分で考えて辞めていくんだよ」とおっしゃる。
    出典:身体とは:日野武道研究所

    大多数の人は、ここの「考える」というところを完全に誤解し、先程提示した自分自身を正しいとする根拠の無い自分が「対象のものを解釈(自分で考える)」するという、誤った単純作業しかしないから、目的の技術や目的そのものに届くことなく一生を終えるという結果になるのだ。
    出典:身体とは:日野武道研究所

    自分で考えちゃう、とは自身の思考で勝手に物事を解釈してしまうことです。必死で考えた!これで良いんだ!俺が良いと思うのもを信じよう!といったところでしょう。

    考える方向性が違う

    もちろん学ぶ上で考えることは必要です。しかし「解釈ベース」と「見習いベース」で考える方向性が全く異なります。

    先に上げた解釈ベースの「考える」だと、結果までいかに合理的に到達するかを重視します。自分なりの最善の方法を見つけ出し進んでいきます。
    一方で見習いベースの「考える」では比べることに重点を置きます。目標と自分で何が違うのか?を考える。そして何が不足し、何が出来ないかを探り当てるべく「考える」のです。

    解釈ベースで考える人は「学び」を素直に受け入れません。自分流で早く結果に辿り着くのだと考えるためです。自力で進もうという意欲は素晴らしいのですが、実は学んでいるとは言えません。結果を見て自分がやりたいことをしているだけなのです。

    学ぶべくは「術」である

    「術」とは復元性のあるものという事だ。
    そして、現象としての結果が似ているといっても、常に身体運動の過程が同じではないのなら、それは「術」ではない。
    過程が手本と同じになった時、結果としての現象は全く違っても、それは「術」なのだ。

    出典:身体とは:日野武道研究所

    柔術、空手術、話術、交渉術、これらは全て術の言葉がつきます。「術」とは復元性のあるもの。つまり何度やっても同じことが出来るのが「術」なのです。

    もちろん結果が常に一定というワケにはいきせん。失敗することもあれば成功することもあるでしょう。しかし「術」として身に付いていれば、たとえ失敗しても再び「何が違ったか?」を探り当てる作業に移れます。

    インプットの情報が増え続けると、頭で解釈して反論したくなることもあるでしょう。しかしまずは勝手な解釈をせずに受け入れてみてはどうでしょうか。

    その上で考え続け、復元力のある「仕事術」「成功術」を身に付けたいものです。

  • あなたは『意思』が弱いんじゃない。浪費しているのだ。

    あなたは『意思』が弱いんじゃない。浪費しているのだ。

    The Grip

    10000時間の法則をご存知でしょうか?

    過去に偉大な功績を残した人々は共通して特定の分野に「10000時間」打ち込んできたという説です。

    しかし、いざ決心をして始めた勉強や運動が三日坊主で終わってしまう・・・なんて方も多いはず。これは単にあなたの意志が弱いからでしょうか?

    いいえ、そうではありません。
    意思は強い弱いではなく、如何に使うか?が大切なのです。

    意思は無限にあるものではなく、使えばなくなります。その意思は環境によって浪費しやすくなります、どのように環境を整えるか、それが継続できる人とできない人の違いなのです

    引用:カイジ「勝つべくして勝つ! 」働き方の話

    ではどうすれば「意思」を浪費せず、物事を継続できる人になれるのでしょうか?

    1.あえて途中でやめる

    大学時代の教授に「授業終了時間がいつもキッチリ」という人がいました。この教授はよく「進捗度合いで切ってはいけない、時間で切り上げるのが続けるコツだ」とおっしゃっていました。

    たとえば残り2分であと計算式3問が残っている時、あなたならどうしますか?10分ぐらい延長して最後までやってしまおう!と考える人が大半だと思います。しかしここで終えてしまってはいけません。あえて途中で止めるのです。

    キリの良い所までやりたいのが人情ですが、ここはグッとこらえて作業をストップします。なぜならこの残った3問こそが、あなたの意思を充電しておくのに必要だからです。

    中途半端で止めると、人はそれを早く終えてしまいたいと考えます。これが次に再開するための着火剤。人は最初の2分間を始めるキッカケさえあれば、あとはすーっと進んでいくことが出来るのです。

    関連記事:『2分ルール』で「ぐずぐず」をなおし、新しい習慣をつくる方法 – ICHIROYAのブログ

    2.時間設定を短くする

    もう1つは時間を短くすることです。もっとやりたい、物足りない!!ぐらいで切り上げるのが理想的。時間が決まっていないのは最悪です。

    人は「時間」と「ヒマ」さえあればなんでも出来ると思っています。これは勘違いです。時間があると逆に何にもできません。なにより1つのことを長時間続けると飽きてきます。「飽き」は意思を浪費する最大の敵です。

    関連記事:とくに用事のない最高の休日の最低のブログ~いかに制約が能力を磨くか – ICHIROYAのブログ

    ★★

    自分は毎日のショーのメモを残しています。今年で5年目、数えると約1500回分のショーの記録と感想コメントが残っています。

    しかし最初の半年500回分は記録を続けることが出来ませんでした。理由は丁寧すぎたから。事細かく記憶したショーの内容を毎回書き連ねていくのは苦痛でしかありませんでした。結局3日もしないうちに挫折、スグに飽きてしまったのです。

    そんなある日、フト思い立って「ステージの合間の時間で記録を取ろう」と考えました。そこで縄跳びアクトが終わった直後、大量の汗と乱れた呼吸の中で記録をすることにしました。

    アクトから次の出番までは約15分。以前は記録を取るに30分使っていたのでちょうど半分の時間です。初めは書き終わらずにステージに走って行くことが多かったものの、次第に書く内容が選別され、簡単なひな型が出来ていきます。

    ちょっとだけ書き残した「前回のショー分」と「今回のショー分」を15分間書き続ける。。気付けば始めてから1ヶ月が経過していました。

    あれから5年間、ショーのメモは今でも続いています。

    まとめ

    これまで意志が弱いのは本人の問題であると言われてきました。しかし意思は気持ちの持ち方で強くなるモノではありません。如何に充電し、どのように使い、如何に浪費を防ぐかが重要なのです。

    これは「時間」や「お金」と同じく物事を達成するための「リソース」と言えるでしょう。

    意思というリソースを上手に活用すれば、あなたも10000時間の壁を突破できるかもしれません。

    カイジ「勝つべくして勝つ! 」働き方の話

    カイジ「勝つべくして勝つ! 」働き方の話

  • これが出来たらモテる!!縄跳びの技5選

    これが出来たらモテる!!縄跳びの技5選

    Dance like I do!

    小学校の冬場、縄跳びが上手な人はヒーローでした。
    二重とびが出来れば一目置かれ、ハヤブサや交差二重をすれば注目の的です。

    では大人の場合はどうでしょう。
    どんな技が出来たらヒーローになれるでしょうか?二重とびで本当にモテるのでしょうか?

    今回はこれが出来たらモテること間違いなしの縄跳び技を紹介します。

    1.三重とび

    二重とびなら上手な小学生でも出来ます。
    大人なら三重とびを軽く跳んでみてはどうでしょうか。

    3重とび – YouTube

    しかも動画のように何事もないように、かるーーく1回だけ跳ぶ。あえて連続しない大人の余裕を見せるのがポイントです。

    2.T.J.(ティージェー)

    三重とびなんて誰でも思いつく技が嫌だ。そんなオリジナリティを求める方はこちらのT.J.がオススメ。

    TJをゆっくりにしてみると – YouTube

    そんじゃそこらの連中には真似できません。何しろ足の下で腕を交差しているのです。ツカミに一発決めれば瞬時にモテること間違いなし。

    3.リリース

    もはや跳ぶことにすら飽きた余裕のあなた。
    そんなあなたにピッタリなのはこちらの離れ業。

    左右後リリース改.wmv – YouTube

    いつまでも息を荒らげて跳ぶライバルたちに、クールな大人のロープ捌きを見せ付けてあげましょう。

    4.おしりとび

    二枚目というよりは三枚目、お笑いキャラのあなたにもピッタリの技があります。
    足でなんか跳ばずに、おしりで跳んでみましょう。

    おしり跳び – YouTube

    ここはあえて真顔で跳ぶのがポイント。意中の人もそのギャップに爆笑すること間違いなしです。面白キャラが際立ったあなたの注目度はうなぎ上りになることでしょう。

    5.ヒーローポーズ

    小手先の技はいらいない!今すぐヒーローになりたい!!
    そんな欲張りな方にはこちらのヒーローポーズオススメ。

    ヒーローフィニッシュ – YouTube

    ほら、どこからどう見でもヒーローですよね。
    あなも今すぐヒーローです!

    まとめ

    いかがでしたか?

    今回は「モテる」ということに焦点を当てて縄跳びの技5つを選んでみました。いずれもオススメですので、是非試してみてください。

    そう、最後に1つだけ注意してほしいことがあります。
    アピールに熱が入り過ぎるあまり意中の人にロープをぶつけないように気を付けましょう。痛い思いをさせてはせっかくのモテ技が台無しです。

    では、みなさまの健闘を祈ります。

  • その瞬間、あなたは答えを捻り出せるか?

    その瞬間、あなたは答えを捻り出せるか?

    スポーツ関係者への提案を意図した前回の記事が、思わぬ反響を呼びました。

    はじめて逆上がりが出来た女の子:成功後の一言が指導者を撃ち抜く – なわとび1本で何でもできるのだ

    ちょうど週末は外出しており、月曜日にパソコンを開いて状況を知りました。各方面の方々にブログやツイッターで取り上げていただき、ただただ驚くばかりです。

    提案をしたかった

    記事の先生が間違っていたか正しかったかは、自分にもわかりません。というより、正解を決めつけてはいけないと考えています。

    放課後の時間を割いて熱心な指導をした素晴らしい先生とも言えるでしょう。
    苦行を共用しただけのダメ教師とも捉えられるでしょう。

    ここで意図したのは「提案」です。あなた自身だったらこの状況でどうしますか?という疑問を投げかけたかったのです。

    先生の行動を批判するのも、女の子に同情するのも自由です。しかし大切なのはネット上での批判・感想ではありません。今まさに目の前に鉄棒の苦手な女の子が居たら、あなたならどうしましたか?という具体的な行動をイメージして欲しいかったんです。

    考え続ける、という習慣

    記事のケース以外にも「教える」という活動には答えに窮する場面がいくつも出てきます。しかし人間同士が関わる活動である以上、そこには絶対の正解はありえません。

    あ、やばい空気・・・

    教える途中に感じたことのある方も多いと思います。しかし決断をするしかありません。何とか答えを捻り出すしかないのです。場合によっては相手の一生を左右することも覚悟し、受け入れる必要があります。

    ここではたとえ正解で無くとも、自らの考えうる最善の答えを捻り出すことが大切だと思います。そのために「考え続ける」ことが必要です。刻々と状況も相手も変わるのです。答えを1つに決めつけてはいけません。

    Her Thinking Spot...

    まとめ

    教える側、教わる側、どちらも同じ人間です。ときに熱が入りすぎ判断を誤ってしまうこともあるでしょう。

    この結果を見て「こうすればよかったのに」「考えが浅はかだ」と言うのは簡単です。たとえ後に批判を浴びる判断だったとしても、その瞬間に必死に最善を考える人、を応援したい。これは勇気ある決断の出来る人の姿勢だからです。

    改めて「あなた」だったらどうしますか?

  • はじめて逆上がりが出来た女の子:成功後の一言が指導者を撃ち抜く

    はじめて逆上がりが出来た女の子:成功後の一言が指導者を撃ち抜く

    てつぼう

    あるところに逆上がりの出来ない女の子が居ました。

    授業で必死に練習しましたが、残念ながらできるようにはなりませんでした。落ち込む女の子を見た担任の先生は「放課後、一緒に練習しよう」と声をかけます。それからの放課後、先生とのマンツーマン練習が始まりました。

    練習は毎日の放課後、担任の先生とマンツーマン。女の子は真面目に練習をして、先生も頑張ってアドバイスを掛けます。そんな練習も数週間が経ったある日、ついにその時が来ました。

    ついに彼女は逆上がりを成功させました。初めての成功に女の子は大喜びです。先生も我が事のように一緒に喜びます。

    次の瞬間、女の子は喜びながらこうつぶやきました。

    「もうこれで、逆上がりの練習しなくて良いんだね!!」

    これは大学時代に教授から聞いた実話です。
    この話はスポーツを初め、運動指導に携わる人全てに大きな疑問を投げかけていきます。スポーツを教えるとは何か、子どもが本当に求めているものは何なのかを改めて考えたいと思います。

    本当に子どもは技を習得したいのか?

    スポーツ指導に携わる人は「上達」「習得」は素晴らしいと信じています。できなかった技ができるようになる、教える側にも教わる側にも達成感が生まれる瞬間です。

    先に上げた女の子は逆上がりという技を習得し鉄棒の技術も上達しました。しかし最後に先生に投げかけたセリフは逆上がり・鉄棒との断絶宣言です。なぜ女の子の口からはこんなセリフが出たのでしょうか?

    きっと、女の子の本心は「逆上がりが出来るか?」なんてどうでも良かったのだと思います。出来なくてもいいし、出来れば出来たで嬉しい。でも先生が必死に教えてくれるから練習しなきゃ。。。あぁ、あとどのぐらいこの練習は続くのかな。こんな心の声が聞こえてきそうです。

    しかし先生はこの気持ちに気付くことが出来ませんでした。授業中に出来なかった事が悔しかったに違いない、それじゃ一肌脱いで逆上がりが出来るまで練習に付きあおう!と言った感じでしょうか。

    女の子の思いとは裏腹に、出来なくて悔しがっている→達成できたら喜ぶに違いない、という方程式が見えてきます。

    技を教えるより大切だったこと

    この先生の例は極端でしたが、似たようなケースが運動指導・スポーツ指導の現場でも見られると思います。

    たとえば縄跳びでも「難しい跳べたら嬉しいに違いない!」という教える側の勝手な思い込みにより、子どもが望んでいないのに無理矢理に難易度の高い技を教えようとするコーチがいました。それは粕尾将一、縄のまっちゃんです。

    新しい技や初めての動きを修得するためには、反復練習が必要です。しかし地味な練習を繰り返し、しかも失敗ばかりする練習のどこが楽しいでしょうか。子どもたちの集中力はみるみる削がれていき、その場にしゃがみ込む子も出てくる始末です。

    失敗の原因は順番を間違えたこと。技を教えるより、まず初めに運動そのものの楽しさを伝えなければいけなかったのです。縄跳びって楽しいね!!この遊び楽しいね!!と思ってもらうことが最優先でした。

    楽しさを自分自身で見いだした子どもに小手先の指導テクニックは必要ありません。放っておいても勝手に練習を続けます。こちらが技を提供すればスポンジのように吸収していきます。

    まず「運動そのものに楽しさを感じられる」という素地を作ることが重要なのです。

    まとめ

    子どもに運動を教えるとき、大人は「逆上がり」「二重跳び」などのわかりやすい目標に目が行きがちです。確かに上達・習得は素晴らし経験でしょう。しかしこれらの目標は運動・スポーツの一側面に過ぎません。

    技や理論だけでなく、運動の「楽しさ」や「やりがい」をシッカリと次世代に伝えていきたいですね。

  • ノーミス演技は70点止まり。パフォーマンスで大切にすべきは『ライブ感覚』

    ノーミス演技は70点止まり。パフォーマンスで大切にすべきは『ライブ感覚』

    make no mistake

    『ノーミス』
    1つのミスもなく全ての演技を終えること。

    縄跳び関係者に限らず、パフォーマンスに携わる人であれば一度は聞いたことがあると思います。特に道具系のパフォーマーはどうしてもミスを起こしやすい。だからこそノーミスのは難しくみんな頑張って練習します。

    誰もが目指すノーミス演技ですが、実はここに気をつけたい落とし穴がありました。

    ノーミスだから良い演技、とは限らない

    練習で徹底したのと同じ状態を再現するのは、理性的な作業だ。だが、それだけでは段取りを踏んでいるだけだ。ある程度満足してもらえる演奏はできるかもしれない。ただ、それでは、想像を裏切らない程度の、いわば七十点か八十点ぐらいの満足感しかお客さんに与えることができない。

    (※)引用元:感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)

    縄跳び競技やダブルダッチでは、1回ミスをする度にマイナス◯点、という具合に減点の対象になります。なので試合で勝つためにはノーミスの演技をすることが大切。

    たしかに競技ではノーミスは勝敗を分ける重要な要素です。練習通りの正確な演技をすることが勝敗につながります。しかし正確な演技がイコール良い演技とは限りません。

    ノーミスにこだわると、徐々に内側に入いく

    難しい技を何とかやりきろう!と真剣になると、人はどうしても意識が内側に入っていきます。できる精一杯の技をしていたら必死になるのは当然です。

    内側に入っていくと観客を置いてけぼりにしてしまいます。「自分は頑張って難しい技を跳ぶから、観客はこれを見て勝手に拍手してね。」という姿勢が見え隠れするのです。

    その場の空気をつかんだ演奏ができたときには、観客もオーケストラも一体になり、非常に感動的なコンサートになる。正確な演奏よりももっとずっと深いものを感じさせることができる。それがライブ感覚の醍醐味だ。

    (※)引用元:感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)

    久石さんの言うライブ感覚は、パフォーマーにも共通すると思います。ノーミスの演技「だけ」ではその場の空気をつかむことが出来ません。ここにパフォーマーと観客のやりとりが絶対に必要なのです。

    いくらミスをしなくても、常に目線がフワフワしていたり下を向いていたり。身体はポーズをしているけど、頭の中は次の技のことで一杯。客席の事は上の空。

    これでは観客とのやりとりは生まれません。

    LookとWatch

    シルクドソレイユのショーでは頻繁に「Look」という表現を使います。

    これは観客を意識的に見るという意味です。これに対してWatchは単に頭と目線がそちらに向いているだけに過ぎません。

    意識的に見るというのは意図的にアイコンタクトをするようなイメージ。きちんとLookができると「◯◯の席に座ってる人、スゴイ盛り上がってたね!」や「二階席の◯◯に座ってた子ども、ずっと泣いてたね」のように、ステージを降りてからも面白いぐらい鮮明に覚えています。

    反対にフワッと見るだけだと、こうした記憶は一切残りません。

    顔と両目は客席を向いていますが実際には何も見ていないのです。

    ライブ感覚はフザケルこと

    観客とのやりとりを「ステージでフザケルこと」と自分は考えています。

    もちろんステージでの振付は正確に覚えるし、ノーミスのために練習も欠かしません。でもこれは準備でしかありません。本番は全てステージの上。全力で観客に絡み、ふざけます。振付や技のミスが出ないギリギリのところで全力で「フザケル」のです。

    準備をしてフザケル事はできません。突然振り返って見つめたり、突拍子もなく笑いかけたり、縄跳びを振り回して驚かせたり。リアクションする観客に反応して、自分はもっとフザケル。

    これを自分は観客とのやりとり、コミュニケーションだと考えています。

    まとめ

    ノーミスを出すには十分な練習が必要で、それだけでも一定の価値があると思います。ステージでフザケルにもノーミスで演技ができる事が前提条件になっています。

    でもノーミスは目的ではなく前提条件にです。演技を通じて観客に何を伝えたいのか、そしてどうのように観客とコミュニケーションをするかの方が、パフォーマンスには大切だと思います。

    (※)引用元:

    感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)

    感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)

  • 縄跳びダイエットでオススメのアニソン曲5選(消費カロリー目安つき)

    縄跳びダイエットでオススメのアニソン曲5選(消費カロリー目安つき)

    159/366 That's My Song

    縄跳びをは音楽を掛けてやるのがオススメだ。

    リズムにノッて楽しく跳べば5分や10分はあっという間に過ぎてしまう。
    そこで今回は縄跳びを跳ぶときにオススメのアニソンBGM5つを「1分間で跳べる回数の目安」「曲の長さ」「1曲跳んだ時の回数」「消費カロリー目安」とともに紹介。

    1.おどるポンポコリン(ちびまる子ちゃんのテーマ)

    曲の長さ:2分34秒
    1分間で跳べる回数目安:140回
    1曲で跳べる回数目安 :280回
    消費カロリー目安:19.4kcal

    言わずと知れたちびまる子ちゃんのテーマソング。
    最近ではE−Girlsがカバーしたみたい。

    2.ルパン三世のテーマ

    http://youtu.be/KTYD3Hgw2kI

    曲の長さ:4分7秒
    1分間で跳べる回数目安:120回
    1曲で跳べる回数目安 :480回
    消費カロリー目安:43kcal

    世代を問わずに人気のルパン三世のテーマ。
    ただバージョンやカバーによってテンポが変化するので要注意。

    3.名探偵コナン「メイン・テーマ」

    曲の長さ:2分32秒
    1分間で跳べる回数目安:130回
    1曲で跳べる回数目安 :325回
    消費カロリー目安:24.9kcal

    テレビアニメで使われるメインテーマ。主題歌ではなく次回予告の時に流れてるヤツ。名探偵コナンは他にもいい感じのモノがいくつかあるので、機会があればまた紹介したい。

    4.ウィーアー(ワンピースの初代主題歌)

    曲の長さ:4分2秒
    (1分間で跳べる回数目安):130回
    (1曲で跳べる回数目安) :520回
    消費カロリー目安:43kcal

    この曲はペースが早いので難易度が高い。跳べる回数も桁違い。でもこれに合わせられたらアガること間違いなし。

    5.勇気100%忍たま乱太郎のテーマ

    曲の長さ:4分14秒
    1分間で跳べる回数目安:130回
    1曲で跳べる回数目安 :540回
    消費カロリー目安:44.5kcal

    昭和生まれは光GENJI、平成生まれはHeySayJUMPで。
    同じくテンポも時間も長いので、やや慣れてきた頃にオススメ。

    (※)消費カロリーの計算はこちらを参照
    縄跳びダイエットの効果は低い?!いいえ、問題は「継続できるシステム」かどうかです – なわとび1本で何でもできるのだ

    音楽に合わせて跳ぶポイント

    お気づきのかたも多いと思うが、ここで紹介した曲はすべて1分間に120〜140回のペースの曲ばかり。そう、縄跳びを跳ぶのに一番適してたテンポが1秒間に2回ちょっとなのだ。よく速いペースで跳ぶと消費カロリーが高くてゆっくりだと低いと言われてるが自分はちょっと疑わしいと思う。

    実は毎分60回のペースで跳ぶのって逆に難しくて、実際に跳んでみるとスグわかる。確かに毎分200回のペースで跳んだら消費カロリーが高いのはうなずけるけど、反対もまた然りではない。

    大切にすべきは合わせやすいテンポ、長時間が跳べるテンポだ。

    ぜひ、今回紹介した5曲を参考に縄跳び用音楽を選んでいただきたい。