こんにちは!縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。
シルクドソレイユのアーティスト*1は、思ったよりフランクに仕事を休みます。怪我や体調不良で休む人もいますが、それ以外にも「家庭の事情」「有給休暇」「育児」「自国での災害」などで休むことも。
観客の中には一生に一度のディズニーワールド、二度と見ることのできないシルクドソレイユという人も居るはず。世界中から観客の集まるステージゆえ、こうした想いが考えると「休みを取る」ことに罪悪感を感じます。
ですが、ここには「責任」か「感情」かという大きなジレンマがあるんです。
ショーへの出演も「仕事」という捉え方
自分達にとってショーへの出演は仕事です。ゆえに他の職業と同じく「業務の責任」で考えられます。
たとえば怪我や病気でショーを休むことができます。女性アーティストの場合、妊娠出産で長期休養する人も少なくありません。また有給休暇も一定の日数を取ることできます。
つまりショーに出演するという業務に対して、きちんと保証がなされているんです。
ディズニーワールドに集まるゲストの感情
ではシルクドソレイユのショーを見に来る人はどのような人でしょうか。
正直、ショーのチケットは安くありません。一番安価な席でも50ドル以上、高い場所だと150ドルを超える席も。それだけの金額を払ってでも、わざわざショーを見たいというお客さんが集まってくるのです。
しかもディズニーワールドはゲストが世界中から集まってくる場所。せっかくのディズニーワールド旅行。スペシャルな夜に最高の演技を見たい。一生の思い出を作りたい。こんな風に考えている人も少なくないはずです。
「感情」に「責任」を感じたら苦しい
観客の想いは、自分達も痛いほどよーーく理解しています。でも「感情」に「責任」を持つのは苦しいのです。
今日のこのショーの観客にとって、この瞬間は一生モノかもしれません。しかしそれがアーティストには連日続くのです。今日のショーも、明日のショーも、そしてこれからもずーっと続く。それがシルクドソレイユのショーです。
もちろん手抜きするとか、半端な気持ちでやるというわけじゃありません。毎回全力投球することには変わりないです。しかし「観客の感情」の期待に応えようと、毎回のショーで過剰に責任を感じてしまうのは危険なんです。
感情に責任を感じれば、自分自身をあと回しに考え始めます。多少の体調不良、身体の痛み、プライベートの事情を飲み込んでしまう。限度を超えればドクターストップがかかるまで感情に責任を感じ、ボロボロになってショーに出演し続けることでしょう。
今思えば両膝の怪我したとき、自分はこの状態になっていました。
いま休めば、縄跳びアクトのフルバージョンを見せられない。ショーを楽しみにしてくれているお客様に申し訳ない。過剰な責任を勝手に心に植え込み、たとえ歩行困難になってでもステージに立つ。最後にフィジオ*2が強制的に休ませるまで、暴走した責任感は突き進んでしまいました。
まとめ
仕事には責任感は必要です。ではその責任はどこに向かっていますか。
本来の業務で果たすべき責任ですか?
もしかして、誰かの感情を満たすことに責任を感じていませんか?
ときに人の感情を満たすことも必要でしょう。一方で「責任」と「感情」に先引きをしないと自分で首を絞めることになります。生きづらさを感じている人は、もう少し責任をドライに考えても良いのではないでしょうか。