スポーツ・運動指導

競技スポーツにおいて、勝つべき相手とは一体誰なのか?

こんにちは!

なわとびパフォーマーのまっちゃんです。

競技スポーツにおいては、試合で順位が付きます。1回でも多く、1点でも高ければ勝ち。逆に低ければ負け。

残酷に勝敗がついてしまう一方で、目標設定がしやすいのも競技スポーツです。

しかし、勝ちにこだわり過ぎて潰れてしまう選手を近年よく目にします。彼らは、勝つべき相手を見誤っているのかなぁと感じています。

勝ち負けにこだわりすぎる弊害

大会に出る以上は、1つでも順位が高くなりたいですよね。さらに欲を言えば優勝したい。日本でも世界でも1番になりたい。

しかし、本当に勝てるかなんて誰にもわかりません。

全日本大会だろうが世界大会だろうが、実際にその場で実力を出し切れるとは限らない。さらに言えば、当日までに怪我や病気で実力を出すどころか、万全で舞台に立つことができないことだってあり得ます。

もっといえば、ライバルたちの実力だって当日の結果を見るまではわかりません。自身がどれだけ記録を伸ばしていても、ライバルがもっと記録を伸ばしていれば負けます。逆に、思ったような記録でなくても、相手も記録が出なければ勝てます。

そう、勝ち負けなんて、本質的にコントロールできない要素のほうが多いんですよ。

人は自らで何でもコントロールできると勘違いしやすいです。記録を伸ばせば試合で勝てると思っているのも同じですね。実際には、自分自身を含めてほとんどの要素が不安定の不確定なのに。

コントロールできないことに対して、無理にどうこうしようとすると、人は苦しくなります。

勝ち=価値アリ?負けたら?

勝てば官軍負ければ賊軍、なんて言葉があります。勝てば何でもOK。負ければ2位でもそれ以下でも価値無し。

勝ちに貪欲になるのは悪いばかりではありませんが、これを「勝ち=価値あり」と思い込んでしまうのはヤバいです。だって、どんな大会であっても勝てる人は1人だけ。優勝した人以外が価値が無いなら、競技スポーツとして成り立ちません。

また、勝てば官軍~的な考えを強く持ってしまうと、自らが勝っている間はいいですが、負けた時にメンタルが一気に窮地に陥ります。

これまで負けた奴らなんて価値ない!と切り捨ててきた側に、転げ落ちてしまった自身を認めることができなくなる。

自分自身が価値が無いと思うこむことほど、辛くシンドいことはありませんから。

一体誰と勝負しているのか

競技大会とは本来、日頃の練習の成果を発揮してお互いに切磋琢磨することが目的だったはず。誰かを蹴落として勝ち負けを決める場所ではありません。

勝負にこだわりすぎている人は、この点を勘違いしてるんです。

大会ではお互にベストを尽くし合うだけ。目標にしている記録に、どれだけ近づけたか?目指していた演技が満足行く形で披露できたか?練習の成果を存分に発揮できたか。

つまりライバルに対してではなく、自分自身の過去や記録と勝負しているんですよ。その上で、ライバルに勝つことだって負けることだってある。これ以上でもこれ以下でもありません。

勝敗で苦しまないために

競技スポーツは勝負の世界と言われることがありますが、自分は少し違うと思っています。プロスポーツなら結果を出さなければダメですが、いわゆるアマチュアスポーツでは、結果は全てではありません。

結果を得るまでに学んだこと、

勝敗を経た感情、

自分自身と真剣に向き合う時間、

これらの学びと豊かな時間こそ、競技スポーツで得られるものだと思うのです。

オリンピック競技を中心として、スポーツの世界にビジネスが入り込んできています。ふと表彰台や上位入賞の価値に偏りがちです。

そんなときは、自分自身に意識を戻してほしい。不確定要素の多い勝敗に、心を蝕まれないでほしい。

1人でも勝敗で苦しむ選手が減ってくれることを願っています。