こんにちはー。縄跳びパフォーマーのまっちゃん(@macchan8130)です。
縄のまっちゃんはキャリア教育の講師として学校に招かれる機会が増えています。
「キャリア教育を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」とし,さらに「キャリア教育の実施に当たっては家庭・地域と連携し,体験的な学習を重視するとともに,各学校ごとに目的を設定し,教育課程に位置付けて計画的に行う必要がある」と提言している。
国際大会出場からシルクドソレイユへの出演、そして縄跳びのプロ「粕尾将一」という生き方を、小学校高学年〜高校生向けに講演しています。
講演をする中でいつもテーマになるのが「夢を見つける方法」なんですが、これに自分はいつも違和感があるんですよね。
だって、やりたいことって自然と生まれてくる感情じゃないの?って思うから。でも講演を重ねるうちに、夢を見つけることを無意識のうちに諦めている、ないしは大人によって夢を去勢されている現実が見えてきました。
[toc]夢を見つける、自体に違和感
「夢を見つけるためにはどうするればいい?」というテーマで講演をしますが、残念ながら夢を見つける方法・ハイツーのようなものがあるワケじゃないんですよ。
夢とは「好き」や「興味」の延長に描くもの。こんな風になったら面白いなぁ、カッコいいなぁ、かわいいなぁ…。こんな空想や理想が、夢だと思うのです。
やりたいことをする、なにかに興味を持つ、いずれも自然に湧き出る感情ですよね。つまり夢を見つける方法とは、感情を見つける方法と言ってるのと同じなんです。
夢の去勢を大人が刷り込む
では、なぜ自然に湧き出る「興味」や「好き」という感情を見つける方法がわからなくなってしまったのか。
考えてみれば大人が夢を見る力を去勢してるからなのかなぁと思うのです。
小さい頃の夢って純粋な「好き」や「興味」の延長なんですよ。でもほら、いつの間にか将来の夢=職業にすり替えられてるんですよね。
夢は自由ですし、職業でカテゴライズできなくたって良いハズなのに。
くわえて中学校や高校になれば「夢を見てないで勉強しなさい」のオンパレード。受験を乗り切った頃には、すっかり夢を見る力が去勢された人の完成です。
夢を見つけるとは、選ぶことである
こうした背景を理解してから、キャリア教育の講演では「仕事を創る」や「夢は選ぶことだよ!」という話をします。
将来の夢を職業に縛られる必要はない。本当に必要なのは、自身の気持ちに気付ける素直さと選択する勇気です。
「縄跳びパフォーマー」なんて職業ありません。学校の進路希望で書いたら間違いなく先生に呼び出しモンですよ。でも仕事になってる。いや、仕事にしたんです。大好きな縄跳びに命をかけて、最後まで選ぶ勇気を持ち続けた。
これが夢を見つけるための「ヒント」ではないかと考えています。
夢を見つけられないからダメ、ではない
大学生や高校生から「これと言ってやりたいことがない…」という悩みを聞くことがあります。
これって夢を見る力を去勢された結果なんだと思うんです。一方でネットには夢に進む友人や知人が今日もキラキラした日常を投稿してる。それに比べて自分は・・・なんて考えてたら、シンドいのも仕方ないです。
夢が見つけられないのは「ダメ」ではないと思うんです。もっといえば自分で考えて選ぶ練習が不足してるだけ。
厳しいことをいえば「やりたいことがない」=「(親や先生に認めてもらえて、ある程度の収入も保証されて、友達に自慢できるちょっとだけカッコ良さそうな)やりたいことがない」ではないでしょうか?
これは「やりたいこと」がないわけじゃないんです。無意識にフィルターをかけてしまい、自らを納得させられる夢っぽいモノが残らないだけなんです。
夢のカタチは人それぞれで良いんです。
重要なのはあなた自身で考え、選んだかどうかです。親や先生の意見を気にしているのは、無意識のうちに他者の評価を気にしているからなんですよ!!
勉強や受験、現実世界で夢を見る力を去勢されたのは不憫かもしれません。ただ最後はあなた自身の手で夢を見つけるしかないんです。
いますぐに何かを見つけられなくても、一つずつ選ぶ力を取り戻してください。
誰の評価も気にせず素直に「好き」「興味ある」といえる場所に、あなたの夢が待っているかもしれません。