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  • 海外では「名前を呼ぶ」が想像以上に重要なコミュニケーション

    海外では「名前を呼ぶ」が想像以上に重要なコミュニケーション

    日本から帰国して早1週間。
    時差ボケの劇的な眠気からも開放されて、ようやく身体が戻ってきた感じだぁ。
    毎回のことだけど何とかならないものかなぁ…。

    さて、あなたは最近いつ「名前」を呼ばれただろうか?
    日本から帰ってきて改めて気付いたんだけど、ここでは何度と無く名前を呼ばれる。
    しかも別に用事があるわけじゃなくて挨拶程度の会話の中でもだ。

    意識しながら聞いてると、言葉の違いって面白い。

    まず1日の始まり、ここから名前は連呼される。
    シアターで合う人殆どに「Shoichi~~」と声をかけられ「How are you?」みたいに繋がる。
    アーティストだけじゃなくて裏方さんやら上司やらみーーん名前を呼んで挨拶をするのだ。

    もちろんこれは自分だけじゃない。
    みんなお互いの名前を呼び合って挨拶をし、会話を始める。
    挨拶じゃなくても、頻繁に誰かが名前を呼んでるのを耳にする。

    これ、日本じゃあんまり見なかった。

    日本語って主語を入れなくても会話が成り立つ。
    だから目を見て「あのさー。」って投げかければ、名前を呼ばなくても会話は開始できる。
    もちろん遠くにいたり、大勢の中で特別に声をかけるシチュエーションになれば名前を呼ぶかもしれない。
    それでもアメリカ生活の中より圧倒的に少ないと思う。

    名前への特別な思い

    これは個人的な感想だけど、
    世界の人達は日本人が感じている以上に「名前を呼ばれること」を喜ぶと思う。
    その証拠に些細な日常会話であろうが、事務的な伝言であろうが、ちょいちょい名前を挟んでくるのだ。
    この流れで名前呼ぶ必要ある?みたいな場面でも、しきりに名前を呼ぶ。

    日本人はどうだろうか。
    正直、会話の中で相手の名前を呼ぶ機会って少ない。
    不思議なことに漢字を違えられると気に触るのに、会話で呼ばれなくても気にしてない人が多い。

    ちなみに自分達は未だによく名前を間違えられる。
    シアターに日本人が2人しかいないし、同じメイクで歩いてる。
    そりゃどっちかを瞬間的に判断するのって難しいよね(笑)

    最初のうちは訂正してたけど、最近は面倒くさいからスルー。
    でも相手が気づくと、今度は物凄い勢いで謝ってくるから面白い。
    あまり英語では「sorry」という表現を使わない方がいいって聞くけど、この場合にはsorryを連発してくる。
    そのぐらい、彼らには名前を間違えたことに対する申し訳ない気持ちがあるのかな。

    名前を呼ぶ実験をしてみた

    面白そうなので、意識的に相手の名前を呼ぶ実験をしてみることにした。
    4年もいればシアターにいる人は殆ど名前がわかる。
    向こうも毎日Shoichi~~って声をかけてくるんだし、同じタイミングで相手の名前を呼び返す。

    あとはアクトに関することや、伝えたいことがある場合も同じ。
    ダブルダッチのチームメンバーにも意識的に名前を付けて発言をするようにしてみた。

    これまで:

    「少しスピードが遅いから早くしてほしい」

    実験:

    「○○〜〜。少しスピードが遅いから早くしてほしい」

    まぁこんな感じにね。

    ★★

    実験の結果は想像を超えるものだった。
    端的に言えば会話を多くするようになった。
    これまでは挨拶を交わす程度の友達だった人も、名前を呼ぶようになってからはガンガン喋ってくる。
    週末にこんなことをしたとか、日本語の○○ってどういう意味?とか、
    些細な日常会話だけど明らかに言葉を多く交わしている。

    またアーティストは、以前にも増して積極的に意見を言ってくれるようになった。
    これまでは縄跳びの技術的なことを一方的に伝えることが多かったけど、
    彼らからも「○○が遅かった」「あの場面で引っかかりそうになった」みたいに、
    不具合や調整してほしいことに対する率直な意見を貰えるようになったのだ。

    縄跳びアクトに意見を言ってもらえる=アクトに関心を持ってもらえていること。
    アクトはみんなで創りあげる以上、意見は喉から手が出るほどほしいのだ。
    自分としては願ったり叶ったりの状況。

    お陰でこれまで以上にアクトの調節や軌道修正がやりやすくなって全体の雰囲気もいい。

    たかが名前と侮れない

    Jaguar, DZP

    コミュニケーションはアクトやショーを維持する上で重要だ。
    ここにいる人間、一人一人の協力でショーは成り立っている。
    今回の実験で特にアーティスト同士のコミュニケーションが円滑になったのは間違いない。
    ただ会話で名前を呼ぶことを加えただけだが、実に興味深い結果になった。

    たしかに言われてみると、自分の名前を呼ばれるって気恥ずかしいけど悪い気はしない。
    日本語では強いて呼ぶ必要ないかもしれないけど、
    あえて「名前」を加えてみることで、コミュニケーションが少しだけ円滑になるかもしれない。

  • 縄跳びはここまで進化した!!世界で初めて「連続6重とび」を跳ぶ男が現れた。

    縄跳びはここまで進化した!!世界で初めて「連続6重とび」を跳ぶ男が現れた。

    ついに人類が縄跳びの新しい境地にたどり着いた!!

    これは縄仲間のMORIZOが6重とびを2回跳んだ映像。
    なんと幸運なことに、この現場に自分も居合わせることが出来た。

    6重とび、過去に何人も1回なら成功してきた。
    しかし2回めを跳んだのは、MORIZOが世界で初めてだ。

    2回目の壁が一番難しい

    過去、6重とびが出来た人は何人かいる。
    師匠のNORIさん、みむさん、藤沢、他にも居るんじゃないかな。
    だけど誰一人として2回目にたどり着くことが出来なかった。

    というか、
    自分も含めて誰も2回が跳べるなんて考えてなかったと思う…。

    っていうぐらい、実は1回と2回の隔たりは大きい。
    たとえば3重とびが1回できても2回目は簡単にできないのと同じ。
    それが6重ともなれば、並大抵な練習じゃムリだろう。

    現に、5重とびですら2回以上跳べる人は殆どいない。
    まして6重とびで2回目が跳べるなんて、誰もが考えもしなかったはず。
    前人未到の領域に果敢に取り組んだMORIZOの熱意には、ただただ驚かされる。

    ★★

    これは予想だが、MORIZOはあっという間に3回、4回と記録を伸ばすに違いない。
    なんなら10回ぐらいやってくれるんじゃないかな。
    なぜなら、2回目が出来ると3回目は比較的進みやすいからだ。
    あとは練習に比例して回数は伸びていくことだろう。
    MORIZOが何回まで跳べるのか、いまから楽しみだ。

    加えて、さらに未知の領域「7重とび」にも期待したい。

    地味?見えない?

    Arrow

    数年前、6重とびを通じてメディアに断続的に出演させてもらった時期があった。
    この頃にどこからとなく耳に入ってきたのが、

    「みえない」
    「地味」
    「3重以上はわからない」

    といったもの。
    これらの意見はごもっともだし、現に肉眼で見ても識別は難しい。

    だけどそれで良いと思う。
    だって、突き詰めていくことその過程が何より素晴らしいと思うし、
    技はもちろん難しくて大変、練習だって並大抵じゃない。
    たしかに見た目には伝わりにくいだろうけど、事実として縄跳びを通過させてることがスゴイ。
    なにより、誰もやろうとしなかった技に直向に取り組んでる姿勢が自分はカッコイイと思う。

    真剣に多回旋に取り組むMORIZOを、これからも心から応援したい。

  • 独学の限界は「個々に適した上達法」を見つけきれないコト。

    独学の限界は「個々に適した上達法」を見つけきれないコト。

    これまで「二重跳び」と「交差とび」の練習方法をブログを通じて紹介してきた。
    そして、これは!と感じる記事を見つけた。

    ナゼナニコミチ

    そもそも小学校低学年で人差し指を伸ばしたままグリップを持つのはムリ
    「力が入っちゃうし、気がちっちゃう」

    そう。スポーツ店のパネルは大人が書いています。

    自分は交差とびの練習方法で人差し指を伸ばすことを推奨している。
    ってことでこの記事は真っ向から反対の事を言ってるわけで。

    いい機会なので、技習得の練習方法について自分の意見を述べておこうと思う。

    薦めるのは大人。だから違う?

    前出の記事によると、スポーツ店のパネルに「人差し指を伸ばせ!」と書いてあったようだ。
    全国で声高にマウス持ちを推奨してきたのは自分なので、パネルの発言にも少なからず責任があると思う。
    そして記事主さんのお子さんによれば、人差し指を伸ばすことでむしろ逆効果だと言う。
    ちゃんとグリップを握らないと力が入らないし、気が散ってしまうのだとか。
    (※)写真にあった握り方はリモコン持ちだった

    そしてスポーツ店のパネルは「大人が書いている」ことを指摘。
    小学校低学年が人差し指を伸ばしたままで回すのば、やはり難しいだろうと結論づけている。

    結果、マウス持ちをやめたことで、無事にあやとびが出来るようになったらしい。

    え?マウス持ちダメなの?

    結論から言おう。このケースではマウス持ちは間違っていた。
    記事主さんのお子さんがあやとびを習得されたのが何よりの証拠で、目的はあくまで技を習得すること。
    マウス持ちをしないほうがやりやすく習得できた、というので認めざるをえない。

    じゃ自分の推奨する練習方法とはなんだったのか。
    大人が考えた理想論だったのだろうか?そうではなくて、
    これは一定の子どもや集団で試したら効果あったよ!!
    という話だ。

    仮にお子さんにマウス持ちが合わないと感じたとしよう。
    そうしたら、記事主さんのように色んな方法を試していただきたい。
    体つきも違うし、運動経験も違う、性格だって違う。技の習得にはいろーーーんな要因か関係する。
    場合によってはマウス持ちが合わないことだってある。
    二重跳びの予備跳躍が3回じゃないほうがやりやすい場合だってあり得る。

    じゃ練習方法って何さ

    自分が紹介している練習方法だと、ザックリ6-7割程度の子どもには効果があったと思う。
    裏を返せば決して少なくない3-4割の子どもには効果がなかったのだ。
    もちろん彼らが悪いわけでも努力が足りないわけでもない。

    単純に、彼らにとって練習方法が合わなかっただけのことだ。
    これが非常に大切なポイントで人には合う練習方法と合わない練習方法がある。

    繰り返すがそれは本人のせいでも教える大人の責任でもない。端的に言えば個性である。
    せっかく教わった練習方法なのに出来ないからうちの子はダメだ、なんて絶対に考えないでいただきたい。
    練習方法は万能ではない。まだ合うものが見つかっていないだけなのだ。

    しかもややこしいことに、実際に試すまでどの練習方法が合うかは本人を含めて誰にもわからない。
    たとえば自己流のやり方で技を習得できたのなら、もうそれでOKだ。
    別の練習方法は必要ない。その人にとって合うやり方が最も良い練習方法だ。

    だが仮に自己流が上手く合わなかったらどうしようか。
    努力が足りない、やる気が無いといっても始まらない。

    だからこそ自分は練習方法を紹介している。

    自己流の練習方法も大切な方法の1つだが、もっと別の練習方法だってある。
    仮に1つの方法がダメでも別のものを試す機会が生まれる。
    そうすればその人に合う練習方法を見つけられる可能性が高くなる。

    新しい技を習得するとは、
    ブラックボックスに語りかけて正解を見つけるある種の賭けとも言える。

    ここにコーチの仕事がある

    これまで見てきたように、技の習得はいかに合う練習方法と出会えるかに掛かっている。
    6-7割の子どもが出来る方法でも、本人にとって合わなければ何の意味もない。

    ただ誤解を生まないように付け加えるが、あくまで最低限の反復練習は必要だ。
    「1回やってダメ、じゃ次の」という姿勢では身につくものも身につかない。
    一定期間の反復練習を経てもなお練習方法が合わないと感じた時、別の方法へと移っていこう。

    ちなみに、先の例にあったように「小学校低学年」にあやとびを教える場合、おそらく自分もマウス持ちは教えない。
    なぜなら小学校低学年にとってはシッカリ握れる「リモコン持ち」の方が有効なのは自分も同意できるからだ。

    それだけじゃない。

    ジャンプのリズムはどうなのか、
    縄の長さはどうか、
    そしてこの子の課題は何なのか、

    というように、より個人的な課題へ目線を向けてる。

    そう、これがコーチの仕事だ。
    コーチはただ練習方法を列挙するだけでなく、目の前の子ども・集団の課題を見抜く。
    技術がどの段階にあるのか、次の課題は何なのか、そして解決するにはどうするか。
    反復練習をさせる必要があるのか、練習方法が合っているかを考える。

    そのために多くの練習方法を学び、理論を頭に入れ、実践で活用する。
    こればかりは知識や経験を持っている人でないと難しい。

    まとめ

    Anybody Seen My Glasses?

    今回は人差し指を伸ばす持ち方「マウス持ち」を通じて、練習方法の捉え方について紹介した。

    技習得の練習方法は目の前の子ども・集団に合うか合わないか一番重要だ。
    合う練習方法はいい練習方法だし、合わなければ良い練習方法じゃない。

    だから、どんな練習方法であろうと万能とは思わないでいただきたい。
    1つの方法を試してもダメなら、必要以上に固執せず別の練習方法を試そう。

    答えの見えないブラックボックスも数を打てば当たる。

  • ダブルダッチ次世代の必修科目!!勝ちたければ『Royalメソッド』を抑えておいた方がいい

    ダブルダッチ次世代の必修科目!!勝ちたければ『Royalメソッド』を抑えておいた方がいい

    どうしても紹介したいダブルダッチの映像がある。

    ご覧いただければロープの動きが異常なまでに美しいのがお分かり頂けると思う。
    映像越しであっても見惚れてしまうほどだ。
    滞ること無く動き続けるロープは、他のダブルダッチ映像を明らかに異なる。

    このスタイルのダブルダッチをRoyal Double Dutchと呼ぶ。
    人によって好みが分かれるスタイルかも知れない。

    だが、このスタイルの元になっている「Royalメソッド」は、
    次世代チームが大会で勝つための必修科目になると思う。

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    『Royal Double Dutch』と『Royalメソッド』

    Royal Double Dutchを提唱するのはダブルダッチ界で有名な「古賀先生」だ。
    先生は草創期からダブルダッチを支えてこられ、中でもロープ操作のマニアックさは他の追随を許さない。

    そんな古賀先生が提唱するRoyal Double Dutchとは、
    ロープの動きを極限まで魅せることを追求したスタイル
    だという。

    ダブルダッチでは一般的にジャンパーに注目があつまる。
    ダンスやアクロバット、素早いスピードステップなどがその典型だろう。

    だがRoyal Double Dutchでは、とことんまでロープの動きを魅せることにこだわる。
    そのため常にロープは美しい形を維持したまま動き続け、先生はこれを「ロープを死なせない」と表現する。
    先日のダブルダッチコンテストでU-19の世界チャンピオンになったROYAL VOGUE。
    彼らはRoyal Double Dutchを世界に轟かせた立役者だ。

    そしてRoyal Double Dutchのスタイルの元になっているのがRoyalメソッドだ。
    このメソッドを学ぶことで誰でも縄神経を高めることが出来るという。
    さらにそれを演技として構成すれば、Royal Double Dutchのスタイル演技に繋がっていくのだ。

    縄神経を高めるという哲学

    ではRoyalメソッドで高める縄神経とはなんだろうか?

    端的にいうと、
    常にロープに意識を通し、高い操作性を維持する能力
    と自分は理解している。

    当然だが、ロープは柔らかく布製のため空気抵抗もある。ゆえに操作するのが非常に難しい。
    そりゃ1本を単純に回すだけならできるだろう。だが2本を半回転違いで回したり、リズムに合わせて回したり、
    はたまた形を崩さずに速度を加減速するのは至難の業である。

    縄神経が通う前は力でロープをねじ伏せようとする。
    当然ロープが言うことを聞くワケはなくフニャフニャと無残な形を呈する。
    これが不思議なことに、縄神経が通じ始めると「ロープの重さ」を感じることが出来るようになる。
    この感覚を一般に「縄を感じる」と表現するが、縄神経を通じさせるはさらに一歩先に進み、
    どの瞬間も縄を感じる状態を逃さずに操作を続けることと捉えている。

    ではなぜそこまでして先生は縄神経とやらを薦めるのか。
    その理由は、

    縄神経が高まれば、
    「新しい技を短時間で習得できる」
    「習得した技の完成度も高まる」

    と説明している。

    加えて先生はRoyal Doueble Dutchを学んでROYAL風の演技をしてほしいとは言っていない。
    もちろん1つのスタイルとして広まってくれるのは嬉しいだろう。
    だがそれより、
    一人でも多くのダブルダッチャーに縄神経を高めてもらうことを望んでいるのだ。

    昨今のダブルダッチは上位に行くほどオリジナリティが問われ、
    同時にミスのない完成度の高い演技が求められる。
    どんなに目新しい動きでもミスをしてしまえば意味が無い。

    つまり縄神経を高めることは、
    演技の屋台骨を支え、新アイディアの実現性を高める働きがある。

    それは安心感

    こっからは自分の意見。

    ダブルダッチは派手な動きに注目が集まりやすい。
    だが、演技とはロープも人も、ステージに存在する全てによって構成される。
    中でもロープも大切な構成要素の1つだ。

    せっかくいい動きをしてるのにロープがフニャフニャだったらどうだろう?絡まってたらどうか?

    …引っかからない?大丈夫??

    ミスをしなくても観客はロープの不安定さを敏感に察知する。
    一度気になると、ロープの不安定さに気が行ってしまいパフォーマンスが入ってこない。

    一方で縄神経が高いチームの演技。
    不意に「縄を通している」ことを忘れさせるほど、ロープの動きが淀みがなく美しい。
    縄神経の高さというズッシリとした屋台骨がパフォーマンス『そのもの』に集中させてくれる。

    ★★

    これまでもダブルダッチの基礎練習は存在したが、
    古賀先生の提唱するRoyalメソッドは、より実践に則したダブルダッチの基礎だと思う。
    ここには実践でスグにでも活用できるノウハウや縄神経を高めるための旨味エキスが凝縮されている。
    過去、これほどにロープ操作の技術を高めるための具体的な練習方を考えた人が居ただろうか。

    以前の記事でも触れたが、スポーツにはフォームとか型と呼ばれる「基礎」がある。
    もちろん基礎を身につけたからといって試合に勝てるわけじゃない。
    だが、すべからくトップの選手は「基礎」を身につけている。

    Royalメソッドはきっと次世代ダブルダッチの必修科目になる。
    なぜならそれが上達するのに一番効率的だし、引いては勝てるチームへの近道だから。

    ★★★★
    先生のYoutubeにはさらに多くのRoyalメソッドの動画が紹介されています。
    他の動画も参考になるものばかりです。
    先生のチャンネルはこちらから↓↓↓

    古賀先生のYouTubeチャンネル

  • 5冊制限を突破せよ!!海外から日本のKindle本を買う方法

    5冊制限を突破せよ!!海外から日本のKindle本を買う方法

    海外在住の日本人にとって、日本語の本を手に入れるのは至難の業だ。

    そこで強い味方になるのが電子書籍リーダ、
    最近だとKindle(キンドル)が有力だ。

    でもね、
    日本のアマゾンさんはこんな海外在住者のささやかな癒やしにも制限をかける。
    おそらく著作権とかの関係なんだろう、
    海外からは日本の書籍を5冊までしか購入することが出来ない。

    Googleさんに聞いてみると「居住国」の設定を変えれば行けたとか、
    クレジットカードを日本のカードにすればOKとか、
    難しいところだと、VPNを使ってIPアドレスと偽装するとか(汗)

    絶対に知っておくべきKindle本の特徴 » Epubor-Sony、Kobo、Kindle電子書籍のDRM解除とフォーマット変換

    海外からKindle日本の本を購入して、読む方法 « アメリカより

    (続)海外からKindle日本の本を購入して、読む方法:トラブル対処編 « アメリカより

    御多分にもれず、自分も5冊目の制限がかかって何もできなくなった。
    VPNの接続??なんて難しいことを言われても困る。

    日本の家族に頼むってのは良いけど、
    パスワードとか教えるのって…ちょっと抵抗ある。

    そこでいろいろ考えた結果、一つのアイディアを思いついた。
    困ったときのGoogleさん。
    Googleのリモートデスクトップで日本にあるパソコンを操作し、海外から日本から書籍を買うのだ。

    準備するもの、設定など

    まず必要になるのは日本に置いておけるパソコン。
    家族の誰かが使っていても問題ない。
    自分が使うときにだけ電源を入れてもらえれば大丈夫だし、調べてみるとスリープ状態からパソコンを叩き起こす方法なんてのもある。
    興味のある方は是非試してほしい。

    リモートでコンピュータの電源をオンにする:Wake-On-LAN入門 (1/3) – @IT
    Wake up On Lan Toolの詳細情報 : Vector ソフトを探す!

    コレぐらいは頼めるって人は、たまーに頼んで電源を入れてもらおう。

    そして次はGoogleのアカウントと、リモートデスクトップの設定だ。
    リモートデスクトップの設定は詳しいページがあるので、こちら参考に。

    特集:外出先からPCを遠隔操作、「Chromeリモートデスクトップ」のお手軽度(2015年6月改訂版) (1/2) – @IT
    Chrome Remote Desktop app – Chrome Help

    これらの設定ができて、リモートデスクトップの操作ができるようになったら準備完了だ。

    あとは普通に買うだけ

    By: James Cridland

    もうあとは普通に日本の本を漁るだけだ。
    5冊制限がかかってしまったら、おもむろにリモートデスクトップを起動し、
    日本のパソコンからアマゾンにアクセス。

    普通に1冊購入すれば、あっという間に制限は解除される。
    そしてまた5冊を迎えたら・・・と言った具合に、操作を繰り返すだけ。

    この方法が便利なのは、難しい設定が殆どいらないこと。
    リモートデスクトップの設定はGoogle Chromeが入っていれば5分で出来る。
    しかもセキュリティもGoogleさんなら、と安心できる。

    この方法で自分はすでに半年以上、キンドルで日本の本を楽しんでいる。
    今のところ制限を解消できない現象は起こっていない。(2014年5月1日現在)
    ちなみに各種環境は以下のとおり。

    • アカウント:日本のアカウント
    • 居住国:日本に設定
    • 住所:アメリカの住所
    • クレジットカード:アメリカのカード

    (※)ワンクリックもこのカードで決済してる

    • デバイス:iPad2(米国製) Kindle for iPadアプリを使用

    :Galaxy Tab 3.0 SM-T210R (米国製)
    (※)どちらのデバイスでも読めて、同期も可能

    自分はアメリカからこの方法を試しているけど、
    国によってはクレジットカードを変えれば行けるとか、居住国の変更だけで行ける、なんて情報がある。
    でもその方法がいつ使えなくなるかはわからないし、国によってバラつきがあるのも賭けだ。

    この方法だったら、インターネットの接続さえあれば解決できる。

    アメリカに限らず、世界で日本語の本に飢えている方々、
    ぜひお試しあれ!!

    ■追記 2016年7月13日

    セカイVPNというサービスを使えば、煩わしい操作なしでVPNが利用できます。
    簡単に申し込みができて海外からも購入可能になりました!




    いろんな国のIPアドレスが使えるVPNサービス【セカイVPN】

  • 好きを仕事にしたら「強制的にOFF」にできる自制心が必要

    怪我から復帰して1週間。無事にショーに出演しています。

    今回の一件を通じて考えた結果、

    できるだけ、練習しない
    ってかするべきじゃない

    という結論に至った。

    怪我の原因の一つに練習のやり過ぎだがあったと思われる。

    これまで、ショーがある日は毎日練習をしてきた。
    合計で1時間ってとこ。

    「え!?そんな少ないの!?」

    って言われそうだけど、これだけやってれば十分だった。
    でもこの練習量ですらアーティストの中では多いほうだと思う。

    そこに来ての怪我、これは練習のルーティンにメスを入れる時が来たんだと直感。

    なぜ、練習するか

    縄跳びはミスをしやすい演目だ。
    何回練習を重ねてもミスは起こる。しかもミスは一発でバレる。
    だから何度も何度も練習をして、本番に向かう。

    至って当然の流れだけど、
    どれだけ練習をすればいいのか?ってのはあまり考えてこなかった。

    何となく自分が納得する、自信を持ってステージに上がれるぐらい、って程度かな。
    本当にこの練習が必要かどうかと言われると疑問がある。

    考えてみるとステージで最高の演技が出来る状態を目指して、日々自分たちは準備をしている。
    そのために練習もするし、必要なエクササイズをする。

    でもね、
    練習量を削っても最高の演技ができる状態を維持できるのであれば・・・事情は変わってくる。

    これだけ必要だって思う練習量は、あくまで自分の感覚。
    んなもん長いことやってれば変わっていくし、練習だって少なくて済むようになってるかもしれない。

    なのに、この練習は必要だ!!って同じ量の練習を続けてるって、
    実は合理的でない。

    どうせ自分は変わらないよ、っていう、
    変化していることを考えるのを止める、一種の思考停止。

    誰が練習量が多ければ良いなんて言った?

    練習に励む自分を見て、ある時

    「なんでそんなに練習するんだ?」
    「何かショーに備えて足りないことがあるのか?」

    と聞かれたことがある。

    当時はまだまだ演技が不安定で練習が必要だと感じていた。
    だからこそ、当時の自分には練習が必要だったのだろう。

    でも今はどうだろうか?
    安定してきた単なわの演技をするのに向けて、
    当時と同じ練習をすることがほんとうに必要だろうか?
    はたして練習量を減らして、何か演技に差が出るだろうか?

    ドライな考え方ではある。

    でも練習だってひとつの負担だし、ある意味リスクだ。
    計算なんかしたくないけど、きっと縄跳びを人生で跳べる回数はある程度決まってると思う。
    跳んだだけ、身体へのダメージは蓄積する。
    たとえ小さくても確実に有限だ。

    有限の跳べる回数、ひいては有限の時間、
    圧縮して跳べば跳ぶほど、跳べる時間は短くなっていく。

    何となく練習?のように、
    あやふやな練習のために貴重な資源を浪費するのはもったいない。

    心は跳びたがっている

    冷静に分析すれば、不要な練習は削減すべきだ。

    でもね・・・縄跳びが大好きなサガはどうしても治せない。
    仕事とかショーとか関係なしで縄跳びを持ったら、一気に何時間でも練習しちゃう。
    無茶な技とか新技へのチャレンジとか、
    そりゃもう、誰が言わなくてもガンガン跳ぶと思う。
    だって縄跳びが好きだから。跳んでると時間を忘れてしまうから。

    好きなことゆえ、時間を忘れて没頭してしまい易い。

    だがそれはプロとして失格だ。
    いくら好きであろうと、自制が必要である。
    練習のし過ぎで怪我をしたなんて、本来あってはいけない。
    日々、ショーに向けて最善の状態を創る。
    時間をシッカリ決めて過不足ない必要な分の練習で終える。

    そう、ときに跳びたい欲求を殺してでも。

    好きなことを仕事に出来ている幸せは重々承知の上。
    でも好きなことを制御するのは、

    やっぱシンドイなぁ。
    こりゃ一種の中毒なのかもね。

  • 『慣れ』という病は、無意識かつ着実に進行するから恐ろしい

    気づかない「慣れ」ほど怖いものはない。
    何千回ステージに立とうと、常に恐れている。

    シルクドソレイユのショーは公演回数が非常に多い。
    ツアーショーであっても平均して年間350回、
    常設に至っては450回を超える。
    ※ちなみにラヌーバは478回

    細かく変更は行われるとはいえ、ショーの内容は基本的に同じ。
    アーティスト側もローテーションでいくつかの役割を回しているが、
    それでもなお回数が多い。

    もしかするとこれは自分だけかもしれないが、
    恐ろしいことに、ヒトは1600人の前で演技をすることにすら慣れていく。
    演技内容は同じだし、動きも振り付けも常に同じ。
    すると「これだけやってきたんだから大丈夫だ!」という自信につながり、
    満席のシアターの中央で縄跳びをすることにすら慣れてしまう。

    たしかに緊張のし過ぎでステージに立つのは考えもの。
    適度にリラックスしないと身体が強張って思った演技はできない。
    この意味では良い慣れもある。
    しかし一方で良からぬ慣れが存在するのも確かだ。

    ★★

    自分が一番恐れているのは「見慣れる」ことである。

    演技で入れている技はどれも、80%程度の力で通すことが出来る。
    なぜかってのは技術の伸ばし方についての記事を参考にしていただくとして、
    80%のだと少し力を抜いても通すことが出来る。
    その抜いた力が観客に向かえば文句はない。
    だがヒトは楽をしたがるもの、単純な手抜きになることだってある。

    www.shoichikasuo.com

    さらにタチが悪いのは無自覚の場合。

    繰り返される演技の中で最適化され、知らずのうちに力を抑えてしまう。
    そして演技は更に繰り返され、強固にルーティンとして組み込まれる。

    こうなると見つけるには客観的に映像で確認する必要がある。
    この理由で、自分は週に1回は必ず演技を映像で確認している。
    動きに抜けはないか、不十分な部分はないかとチェックする。

    しかしだ・・・

    これすらも慣れていく。そう、

    手抜きしている状態を見慣れてしまう。

    映像で確認するとはいえ、日々少しずつ変化していくと見落としがちで、
    なんか違和感があるけどこんなだったよね?と変な納得をする。

    これは動きを見る「目」にまでサビつきが及んでしまったことを意味する。

    ★★

    ヒトは回数を繰り返えすと、なんとなく良いんじゃね?と解釈し無意識に受け入れる方向に進む。
    繰り返しの中に改善点を見るけるというのは、ある意味で斜に構えた状態で、目の前の事象を否定的な意識で観察することだ。
    これが結構シンドイ。

    一種の自己防衛的なもので、
    見慣れてるし、良いんじゃね??と、
    感覚や目の前の事実を歪曲してでも、自己暗示的に納得してしまう。

    もはや一種の病と呼んでもいいだろう。
    「慣れ」の病はどんどん楽な方向へと自分を転がしていく。
    しかも気付かないほどゆっくりで、それでいて確実に進むから恐ろしい。

    放置しておけば、技の喪失のような致命的な崩れに繋がる。

    ★★

    この現象は至るところで起こる。
    むしろ縄跳びを跳んでる場面でなく、歩く、走る、などの単純な動きこそ危険性が高い。

    何とかして、この恐ろしい「慣れる」をから逃れるため、
    過去の映像を見たり、トレーニング中の映像を見直したりしている。
    それでもなお、回数を重ねれば重ねるほど、病は進行していく。

    この病から逃れるために、自分たちは日々、
    フォームを確認し、身体に意識を入れ、音に合わせ、呼吸を整える。

    馴染んだ基礎であっても疑って、
    なぜこれが良いのか?と自問自答を繰り返す。
    必要があれば培ってきた基礎を全て捨てる覚悟で。

    最大の敵は自分と言われる所以が、
    もしかするとこの辺りにあるのかもしれない。

  • 緊張の糸を切ったら終わるという不安は、出口が見えない危険がある

    久しぶりに怪我でアウトしてしまった。

    先月から新しく縄跳びアクトに入ったダブルダッチ。
    演技も安定してきて、さて次のステップに進もうかと思った矢先だった。

    演技終わりでステージから降りようとした時、嫌な予感がした。
    這い出るようにステージから降りた1stショー。
    本来だったらスグにでもフィジオに駆け込むべきだったのだけど、ひとまず痛みを取るために冷やして保留。

    強引に2ndショーの演技を終えた後、あまりの痛みフィジオに駆け込んだ。

    この段階で既に歩くことはままならない。
    足首と膝に痛みがあって、膝を床に着ける動きや走る動きは不可。
    痛みが出るため大半のキューをカットしてもらい、挙句にカーテンコールも出ずにショーを終える…。

    ショーの後のフィジオ判断は当然のごとく一発でアウト決定。
    少しごねてみたけど、
    歩くのも困難な状態でステージに上るなんて到底許可できないと叱られた。

    どのタイミングでアウトする?

    舞台人の宿命で親の死に目に会えない、なんてよく言われる。

    http://www.h7.dion.ne.jp/~kanon.co/piano_selection/03/opinion/opinion_003.html
    風邪をひいて今にも倒れそうであろうが、何があっても舞台人はお客様に楽しんで頂く為、自分の姿を見て頂く為、「頑張らなくては」いけないんです。

    この考え方は極端かもしれないが、
    この仕事を始めてからずーっと命題になってることがある。

    どのタイミングでアウト(ショーを休む)か??

    ケアを入念にしていても、時にどうしても怪我をしてしまったり慢性的な痛みが出てしまう。
    とくに自分のスタイルは高いジャンプをするので、衝撃がモロに関節に出る。
    膝の痛みなんてしょっちゅうだし、アキレス腱やら足首が痛いのなんて日常茶飯事。

    これまでは多少の痛みがあってもショーに出てきた。
    そりゃフィジオが絶対にダメ!っていう場合は別だけど、
    湿布貼ってでも痛み止め飲んででも、ステージに立つことを選んできた。

    ここまでするのはショーを休みたくないから。
    ショーを休むということは、まず第一に他の人に負担を強いることになる。
    縄跳びは2名のアクトということもあり、仮に自分がアウトすればnasaにソロを任せることになる。
    その負担は想像以上にデカイ。

    たしかにソロだと少し尺が短くなる。
    それでも1人で3分間、ステージで跳び回るってのは本当に大変なことだ。

    でもね、
    今回の怪我で休むかどうかスレスレの判断を待っていた時。
    心の片隅に別の理由・感情を感じずにはいられなかった。

    休まないことで張っている糸

    身体に痛みがあるとはいえ、縄跳びのアクトは気合でなんとかなる。
    膝が痛くても、ステージに上ってしまえばアドレナリンで痛みは殆ど感じない。
    もちろんステージを降りた後に激痛というオプションはついてくるけどね。

    自分を構成する価値観の中に、
    ステージで演技ができる以上は休まないっていうポリシーがある。

    たとえ痛みがあろうと、風邪をひこうと、
    そこに一生に一度かもしれないお客様が居るのだから、
    何よりもステージに立つことを優先したい。

    この思いで4年間ステージに立ち続けてきた。

    だが一方で、これは自分をキープための意地でもある。

    常にステージに立っている自分をどこか遠目に見て、
    「まだイケる」「もっと頑張れる」と、気持ちの糸を張り続けているのだ。

    ★★

    この糸はきっと縄跳びを始めた頃から張ってきたものだと思う。
    手前味噌だけど、出張指導に欠席したことは前十字靱帯断裂の怪我の時以外は無い。
    縄跳び教室も、怪我や病気での欠席をしたことはない。

    というよりは、

    気持ちの糸を張り続けて強引に押し切ってきた、とも言える。

    とあるイベントに出演する前日に38度の高熱を出したことがある。
    冷静に考えれば休むべきだった。
    しかしエナジードリンクと気持ちで押し切って、強引にイベントへ出演。
    数カ月前から準備をしてくださったクライアントに迷惑を掛けたくない思いと、
    せっかくイベントに見に来てくれるお客様をガッカリさせたくない思いで跳びきった。

    不思議と演技中は体調不調のことは忘れて、
    部屋に帰った瞬間、倒れるように布団に入った。

    週に10回のショーを公演しているとはいえ、ラヌーバも自分の感覚は同じだ。
    毎回ショーを見に来るお客様は違し、
    お客様によっては一生に一度のチャンスかもしれない。

    こちらの事情がどうあれ、応えたい。
    こう常に思っている。

    いまだに答えは出ない

    シルクドソレイユのアーティストには「病欠」と「有給休暇」が存在する。
    わりとみんな有給休暇はちゃんと使う。
    身体が痛いと言えば、シッカリ時間を取って休む。

    では自分はどうしようか?

    たぶんだけど、フィジオに一発アウトを言い渡されない限り、
    意地でステージに立つんじゃないかな。。。

    アーティスト生命を考えれば賢い判断ではないだろうし、
    常に万全の状態で身体を維持するのがプロだろ?!なんてお叱りも聞こえてきそうだ。

    きっとここに、

    プロとは何か、
    アーティストとは何なのか、

    といった、簡単には割り切れない価値観が存在する。

    結局、答えは出ていない。

  • 現役40年、クラウンの道を示してくれた師匠がステージから引退した

    現役40年、クラウンの道を示してくれた師匠がステージから引退した

    この世界に入ってから大きな影響を受けたアーティストが2人いる。

    一人は短期で縄跳びアクトに入ってくれた「Thomas」
    もう一人は自分をクラウンの道へと誘ってくれた「Balto」

    この二人を勝手に師匠として尊敬して、
    彼らから数えきれないほどたくさんの事を学ばせてもらっている。

    そんな師匠の一人、
    ラヌーバで15年間クラウンを演じた、Baltoが先週の土曜日を持って引退した。

    f:id:shoichikasuo:20140419225149j:plain

    忘れもしない2年前のワークショップのあと。
    あの時のBaltoの言葉が、今の自分を支えている。

    「16時間(4日x4時間)のワークショップを観てきたが、WinnerはShoichiだったぞ!」

    https://www.shoichikasuo.com/entry/20110306/1299391594

    師匠として、クラウンとして尊敬しているだけじゃなくて、Balto、もといMichelleという人間が大好きだ。
    いつも気にかけてくれる優しさは忘れない。

    中でも一番濃密だったのが去年の5月から9月にかけて。
    誰が見ても無謀だったオーディションへ挑戦を提案したところ、
    Baltoは快く協力してくれて、毎週プライベートの時間を割いてくれた。

    シルクドソレイユオーディションへの道のり【0章】 決めた!9月にオーディションを受ける – なわとび1本で何でもできるのだ

    Baltoの言葉があったからCabaretにも挑戦したし、
    無謀なオーディションにだって立ち向かおうって思えた。

    幸か不幸か、師匠の最後のステージは怪我でアウト。
    最後の晴れ舞台を客席から見届けることができたのは幸せだったが、
    一緒の舞台に立つ機会がもう無いのかと思うと、悔しくて切ない。

    ★★

    先週の土曜日はお別れパーティがシアターで開かれた。
    みんなはBaltoを囲んで泣いたり写真撮ったりしてるけど、なぜかうまくBaltoと会話できない。
    何というかBaltoがもう居なくなってしまうって実感が湧かなかったのだ。
    色々話ししたかったけど、言葉が出てこない。

    日々のショーの前、
    準備運動をしているとアニメーションのために客席に行くBaltoと毎回すれ違った。
    お互いにここで下らない話や真剣な話、クラウンについてのことなど、お喋りをするのが日課だ。

    時計を見てていつもの時間になるとドアが気になる。
    いつもみたいにBaltoがあのドアからShoichi〜〜って叫んで入ってくるんじゃないかって。

    でも誰も来ない。
    この瞬間、ようやく実感が湧いた。

    あー、もうBaltoもSelgeyもここには居ないんだって。

    ★★

    f:id:shoichikasuo:20140418225213j:plain

    先週まではシアターに行けば会えた。
    いつもの場所、いつもの時間に必ず会えた。

    今度からは少し遠くなってしまった。
    でもしばらくはモントリオールに居るらしいので、飛行機に乗ればスグに会いにいける。
    寂しさと消失感を埋めるにはしばらく時間がかかるかもしれない。

    でもBaltoが教えてくれた「笑い」で、乗り越えていこう。
    そして近い将来、成長したShoichiのクラウンを見せられるよう、
    今から頑張らなきゃ。

    ありがとうBalto。

  • 判断力ある人が、かえってチームの足を引っ張る

    アクト全般に関わり始めて2週間。
    少しずつみんなが意見を言ってくれるようになってきた。
    中には愚痴や文句もあるけど、それでも嬉しい事。

    とはいえ、こっちからも働きかける必要がある場合も多い。
    そのやり取りの中、ここ数日の間にあるフレーズを3回も耳にした。

    「だって誰も教えてくれなかったから」
    「Because nobody told me」

    本音を言えば、反射的にグーパンチしたかった。
    けどそっと気持ちを抑え、呼吸を整えて説明を繰り返す。

    もちろん言ってる方は悪びれる様子はなく、でもこれと言って反抗的なわけでもなく素直に指摘を聞いてくれる。

    連日のようにこのフレーズを耳にしてたらある時、ふとこんな疑問が浮かんだ。
    なぜ彼らはこのフレーズを使ったのだろうか?

    ★★

    最近はアクト改変計画やショー全体の改変に伴い、役割変更や配置換えなど、多くの人が新しいことをやらざるを得ない状況だ。元は別の人がやっていた動きを新人がやったり、古株であっても初めての振り付けをすることがある。

    自分の感覚では新しい事をするなら自ら確認しにいくのが普通だと考えていた。
    それでもなお不十分だった時、初めて知ってる人から教えてもらう。

    しかしこれは、どうやら共通の認識ではないらしい。

    言われる前に動くか、言われることを遂行するか

    まず先のフレーズを発した3人に共通してたのが、言われたことはシッカリ出来ている点だ。
    おそらく新しい役割を任せられた時、こちらが先回りして仕事をイチから丁寧に説明していれば問題なく遂行できたと思う。実際、指摘を加えてからは問題なく動けている。つまり、ちゃんと指示さえ出せば応えてくれる。

    この姿勢は一見すると受け身に思える。
    だが一方で自発的に動かれ過ぎるのも、実は頭がイタイ

    ★★

    ある時、新たに別の役割を任せられたアーティストが居た。
    彼女は自ら動きを確認してショーに備えるタイプで、何も言わなくても動きを把握し本番に臨んでくれる。
    正直、言わずに動いてくれるのは楽だなぁって思っていた。

    そして本番のステージ上。
    期待通りバッチリ動いてくれる・・・はずだった。

    いざフタを開けてみるといくつも想定外の動きをしてくる。
    あれだけ確認していたのになぜ?と不思議に思い、本人に話を聞いてみると、

    「あの場面は私のやり方の方が綺麗でしょ?」
    「ここは私のやり方の方が失敗が少なくなると思うの。いい感じでしょ?」
    「あそこはもっと○○にしたいから、▲▲のように動いてくれない?」

    イヤイヤイヤイヤ・・・・。
    しばらく開いた口が塞がらなかった。
    そう、彼女は自分なりに解釈して動きをアレンジしてきたのだ。

    何て言ったらイイのやら…。

    彼女は真剣に仕事に取り組んでいる。積極的に仕事に関わってアイディアを出して…。

    でも違うんだ!!!(汗)

    ステージ上の動きは単純なものであっても簡単に変更しちゃダメ。全体の世界観とか雰囲気とか表現してるものとかバランスとか、いろいろと考えて振付家やら演出家が組み上げてるんだよ。ただ歩くだけでもディレクターが全体を見て判断しなきゃ、一体感とか統一感が失われてしまうんだよ・・・。
    しかもその動き、縄跳び的にはむしろやり難いから・・・。

    と、心のなかで叫びながらも、キラキラした眼差しで嬉しそうに語ってくると…
    もう何にも言い返せない。

    まとめ

    誤解を恐れずに言えば、先に上げた3人のような「教えてもらったことだけ」を正確にこなす人材は使いやすい。
    こちらがきちんと指示を出せば、的確に仕事をしてくれる。余程のことがなければ機嫌も損ねない。もちろんこっちが何も言わなければ何も起こらないけど、こっちの意図で動かしやすい。

    反対に後者の女性アーティストのような場合、なまじっか自信もあって積極的で、たとえズレた方向に進んでいたとしても正面から否定はし難い。言い方に気を付けないと反感を買ったり、モチベーションを削いでしまったり、はたまたへそを曲げられたり。
    んなもん気にしてるからダメなんだ!!ってお叱りが聞こえてきそうだけど、どうしても自分は強く言うことができない。

    「オリジナリティ」や「個人の意見」の意見は大切だ。クリエイティビティは演技を面白くする。
    だが有り余る意気込みも、方向性を確認しないで突き進んでしまえば、単に煙たがられる原因になりかねない。

    あなたは「だって誰も教えてくれなかったから」と聞いたら、どうしますか?

  • 怪我しても冷やしちゃダメ!!炎症を抑えると回復が遅れる驚きの新事実

    怪我しても冷やしちゃダメ!!炎症を抑えると回復が遅れる驚きの新事実

    スポーツに怪我はつきもの。
    日常生活でも不意に転んだり、踏み外したり…怪我をする可能性は誰にでもある。

    これまで怪我をしてしまった時の常識は「氷で冷やすこと」だった。
    ご存じの方も多いと思うRICE。怪我をした時の応急処置は「Rest(休息) Ice(冷やす) Compress(圧迫) Elevation(挙上)」の4つ。この中にもしっかり「ICE(冷やす)」が入ってる。

    だが、常識は日々変化する。
    このスポーツ界の慣習を覆すような記事を見つけた。

    http://athleticmedicine.wordpress.com/2014/04/04/rice-the-end-of-an-ice-age/
    (※原文 英語)

    冷やすのは怪我の治りを遅らせる

    記事によれば冷やすことに怪我の回復を早める科学的な根拠はないと言う。
    そればかりか、患部を冷やしすぎることで怪我の治りを遅らせ、周辺の力強さやスピード、更に持久性までも低下させる恐れがあるという。場合によってはコーディネーション能力も低下するという。

    我々が怪我をした時、患部は腫れ上がって炎症を起こす。そして痛みを伴う。
    患部を冷やすことはこの「炎症」や「痛み」を抑えるのには効果がある。しかし実は炎症を抑えてしまうのが治癒を遅らせる原因なのだ。怪我をした箇所は炎症を起こすことで傷ついた組織や細胞を修復を助ける。だが冷やすことで血流量を抑え、さらに炎症を抑えてしまい、結果として回復が遅れてしまう。

    冷やす以外にも治りを遅らせる要因が!

    怪我を治すためには炎症をおこすことが必要だ。
    ちなみにこの「炎症」という現象は一種の免疫反応。冷やす以外にも免疫反応を遅らせる行為は炎症を抑えるため、同様に怪我の治りを遅らせるという。以下原文とその翻訳。

    cortisone-type drugs,
    → コルチゾンという薬(副腎皮質系の炎症を抑える薬)

    almost all pain-relieving medicines, such as non-steroidal anti-inflammatory drugs like ibuprofen (Pharmaceuticals, 2010;3(5)),
    → ほぼすべての痛み止め薬、非ステロイド性抗炎症薬、消炎鎮痛剤、たとえばイブプロフェン(※頭痛薬で有名なイヴ)

    immune suppressants that are often used to treat arthritis, cancer or psoriasis,
    → 免疫を抑える薬、一般に関節痛やガンに処方される

    applying cold packs or ice, and
    anything else that blocks the immune response to injury.
    → アイスパックや氷など、怪我に対する免疫反応を抑えてしまう行為

    おすすめの応急処置は?

    では冷やすことは完全にダメかといえばそうではない。痛みを抑えるという意味では有効なのだ。あまり長い期間冷やし続けるのが良くないのだという。この記事で推奨されている応急処置が以下のとおり。

    1. スグに運動を止める
    2. 意識を失うなど緊急性のある場合は救急車
    3. 患部を清潔にして、可能なら心臓より高い位置に挙げる。骨折がなど動かして痛みが増す場合はそのままで。
    4. 医者に行ってリハビリを

    んでもって、冷やす行為は最大で10分までにしよう。10分冷やしたら20分外してというのを1-2回繰り返す。

    そして怪我から6時間以降は冷やしてはいけない。

    まとめ

    IMG_5009

    一昔前、運動中に水を飲むのは良くないと言われていた。
    しかし現在は脱水症や熱中症予防のために水分を取ることようにと180度方針が変わった。
    また先日膝に新しい靭帯が発見され、これほど世界中が研究しているのに今更?!と話題になった。

    悲しいかな、スポーツ関係者には古い慣習に囚われ、自分のやり方を押し付けてしまうことがある。

    スポーツに限らず科学は日々変化し常識も変わっていく。
    古くなりつつある自分自身への自戒の意味も込めて、
    新しい情報にもアンテナを伸ばしていこうと思う。

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  • 日本人の知らない、いま世界で一番注目されてる縄跳びパフォーマンスチーム

    まずは、この動画を見て頂きたい。
    縄跳び界ではほとんど知られていないチームの演技だ。

    彼らは今何かと話題になっているウクライナのサーカス学校出身のアーティスト。公式ページは見つけられなかったけど、YouTubeのページによると2010年に学校を卒業して活動をしているという。動画は2011年のものなので、当時で縄跳び歴で1-2年ってとこだろうか。

    この動画は彼らが世界的に権威のあるフランスのショー番組に出演した時のもの。

    Le plus grand cabaret du monde

    Le Plus Grand Cabaret Du Monde – Le Site Officiel(※フランス語)
    Le plus grand cabaret du monde – Wikipedia, the free encyclopedia(※英語)

    どのぐらい有名かって言うと我らがAnthony Gattoも出演したレベル。

    Anthony Gatto

    アンソニー・ガット – Wikipedia
    Anthony Gatto | Corporate Entertainment | Corporation Performer | Variety Entertainment | Television

    さて、この演技を見てみなさんはどのような感想をお持ちだろうか?
    とくに単なわ’s、ダブルダッチャーのみなさんはどうお思いだろうか?

    参考までに2011年のダブルダッチコンテストで優勝したCracker Jackの演技を。

    正直に言おう。
    自分はCracker Jackの演技のほうが好きだ。ダブルダッチの技術には雲泥の差があるし、単縄については少し上手な一般の小学生レベルじゃないだろうか。2重とびとハヤブサ、交差2重、少しだけチャイニーズホイールで難しい動きがあったけど、決して世界レベルとはいえない。なんだこれ?!と憤りすら覚える。

    しかしこれが世界の認める縄跳びパフォーマーの現実だ。彼らは2014年現在も、ほぼ同じ演技で世界中のサーカスやショーに出演を続けている。

    ではなぜ、彼らはここまで世界に認められたのだろうか。

    まず第一に感じたのは、世間での縄跳びパフォーマンスの認知度がまだまだ低いということ。ウクライナの彼らの演技は確かにノーミスだし、盛り上がる要素を上手に盛り込んでいる。しかしもっと盛り上がるであろうパフォーマンスを自分は数えきれないぐらい知っている。日本のダブルダッチはもちろん、アメリカスタイルのアクロバット満載演技、台湾の一糸乱れぬ長縄演技…挙げればキリがない。

    しかし残念なことに、これらの演技は世界で殆ど認知されていない。Run-d-Crewやカプリオールのように世間の注目を浴びたチームも居るが、ホンの一握り。世界のエンターテイメント界にはほとんど、縄跳び演技の良さは知られていない。

    もう一つ考えるべきは、縄跳び業界の閉じたコミュニティだ。
    縄跳びパフォーマンスをするとして、果たしてどこでやるだろうか?学園祭?大会?地域のお祭?たしかに人前で演技を披露する機会なんてそうは無いと思うが、このような「身内」の集まる場所で披露いていても、世間様には広がらない。もっとアウェー戦に打って出ないと世間に知ってもらえないのだ。

    伝説のダブルダッチチームRun-d-Crewにまつわるこんな話がある。
    彼らがアマチュアナイトで優勝した後、とあるアメリカの街で捕まえた見ず知らずのタクシーの運転手に「Run-d-Crewってダンスチームを知ってるか?いま俺のイチオシのチームだから絶対見た方がいいぞ!!」と語られたという。もちろん運転手はそこに本人が乗っているとは夢にも思わなかっただろう。これが世間に知られているということだ。Run-d-Crew以降、こうして世間・世界に知られる縄跳びパフォーマーはどれだけいるだろうか?

    日本だけじゃなく、もっと広い世界での活躍を

    少し前に男子新体操チームが「Michael Jackson」のショーに出演しているのが話題になった。
    ここだけの話、彼らも世間に知れないまま高いクオリティの演技をしていた集団だった。そんなある時、他のショーに出演している日本人アーティストが男子新体操のことをディレクターに紹介したいところ、演技の美しさとシンクロ具合に驚き、あれよあれよという間にショーに抜擢されたという。知られてないだけ、というのは本当に残酷だ。

    同じことが縄跳び界にも言える。知られていないだけで、世界レベルのパフォーマンスをする集団は数多くいる。つい最近シルク・ドゥ・ソレイユに出演したカプリオール、そして先に上げたRun-d-Crew。彼らだけでなく、もっともっと世界に飛び出して行く人が増えてほしい。というか絶対に世界でもウケるはず。もちろん先の2チームは伝説的とも言える実力派だけど、日本の縄跳びパフォーマーの中にはもっと沢山、世界で戦える人がいるはずだ。これだけエンターテイメント性の高い演技をするのに本当に勿体無い。

    素人が1-2年やった程度で世界の注目を浴びるなんて、どうしても納得できない。
    最初に上げたウクライナのチームのような人達が手も足も出ないぐらい、縄跳びパフォーマンスの底力とレベルの高さを世界に知らしめたい。