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  • 情熱はどこからくるか?:情熱が持てない人の共通点

    情熱はどこからくるか?:情熱が持てない人の共通点

    何かを成し遂げるのに、情熱は不可欠です。

    たとえば舞台で存在感を出すために情熱が必要です。「失敗したくない」「自分をよく見せたい」といった自意識に打ち勝つために、圧倒的なレッスンと練習が求められます。ここに情熱が必須なのです。

    関連記事:舞台で「存在感」がないのは論外である:情熱と「存在感」の関係性 – なわとび1本で何でもできるのだ

    記事で「どれだけ練習をしても根本となる情熱だけは学習することが出来ない」と言いました。では本当に情熱は学習できないのでしょうか?

    だとすれば、情熱とは一体どこからやってきたのでしょうか?

    そもそも情熱のある人とは?

    まず情熱のある人とはどんな人でしょうか?

    たとえば部活やスポーツに熱心に取り組んでいる人は、情熱がありそうですよね。毎日の練習に積極的に参加し、厳しいトレーニングにも耐えて試合に向かい努力を重ねる。情熱的という言葉がぴったりです。

    他にも、俗にオタクと呼ばれる人にも情熱を感じます。アイドルやゲームなど趣向の違いこそあれ、1つの物事に対して並々ならぬエネルギーを注ぐ姿勢には情熱を感じずにはいられません。

    情熱を燃やすに値する「何か」の存在

    では、彼らは如何にしてこれほどまでの情熱を持ったのでしょうか?

    それは、彼らにとって情熱をぶつけるに値する「何か」に出会ったからですよね。当然ながら、情熱を向けるに値するものでなければ、これほどのエネルギーを注ぐことはなかったでしょう。

    つまり情熱を注げる対象に出会っているか?が重要な鍵になりそうです。

    しかし現実には「複数の物事に対して情熱を燃やす人」「ひとつに激しい情熱を燃やす人」さらには「何にも情熱を燃やさない人」がいますよね。

    これらの違いはどこからくるのでしょうか?

    情熱の生まれる場所は「好奇心」

    もしかすると、何にも情熱を燃やさない人はまだ、情熱を燃やすに値する「何か」に出会っていないのかもしれません。単に経験が不足しており、情熱を燃やすに値する「何か」に出会うためにもっと年月が必要と考えることもできるでしょう。

    しかし年月がいくら経っても、やっぱり情熱を燃やす「何か」が見つからない。多くを見聞きしてもなお、情熱を燃やすほどの「何か」には出会えていないのはなぜでしょう?

    実は、情熱を燃やすのも1つのテクニックだと思うんです。情熱を燃やせる人は、ハマりやすい人。言い換えれば上手にハマることが出来る人ではないでしょうか。

    何事もはじめは上手くできませんよね。出来ないからといってスグに投げ出してしまったり、小器用にこなして「分かったつもり」になる人は情熱を燃やしにくい。基礎基本すら身に付かずに辞めてしまうのが関の山です。

    関連記事:あなたは大丈夫?何年やっても「基礎・基本」が身に付かない理由 – なわとび1本で何でもできるのだ

    「なぜ?」「どうして?」「もっと知りたい」と好奇心を持ち続けること。これこそが情熱を燃やすためのテクニックです。

    情熱を燃やす「何か」を見つけられない人は、「何か」が目前で通過しているだけ。たとえ同じ出会いであっても、好奇心の乏しい人には情熱を燃やす「何か」が見えていないのです。

    まとめ

    好奇心を持てる人が情熱を燃やせる人と言えます。

    「自分には関係ない、管轄外、ピシャッ!!」では、あなたの前に「何か」が現れても素通りしてしまいます。もう一度、足元から「なぜ?」「どうして?」「もっと知りたい」を探してみてください。好奇心の破片から情熱はやって来るものです。

    情熱を注ぐ「何か」は、もしかしたら些細な日常に隠れているのかもしれません。

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  • なぜ人は「名言」に感動しても成長できないか?

    なぜ人は「名言」に感動しても成長できないか?

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    Photo by Eric

    古今東西、名言と呼ばれるフレーズはたくさんありますよね。Mrインクレディブルやトイ・ストーリーで有名なピクサー・アニメーション・スタジオにも有名な名言がありました。

    ピクサー・アニメーション・スタジオ – Wikipedia

    「プロセスを信じよ」
    さまざまな要素が絡むクリエイティブな作業には、必ず困難や失敗がついてくるが、「プロセス」に従って進めば切り抜けられると信じても良い

    「物語が一番偉い」
    技術であれ、物品販売のチャンスであれ、何であってもストーリーの妨げになってはらならない

    出典:ピクサー流 創造するちから

    これらの名言は同社の「トイ・ストーリー2」の成功を大きく助けました。しかし同時に、これら名言には注意しなければいけない落とし穴があります。

    名言に頼りすぎる落とし穴

    人は格言や逸話が好きだが、実際の行動や意味をそれにすり替えているにすぎない

    出典:ピクサー流 創造するちから

    本質を突いた名言には力があります。短くまとめられたフレーズを聞くだけで力が湧いてくる気がする。自分も頑張ろうと意欲をかき立ててくれます。

    しかし本当に大切なのは「じわぁーー」っと心に言葉を染みこませた瞬間ではありません。言葉を受け、どのように行動するかが本来重要なのです。

    上達するには泥臭い練習や反復が必要。当然ながら名言を10000個知っても何かが上達するワケじゃありません。にも関わらず名言の魔力により、何となくデキるようになった錯覚に陥ってしまいます。

    名言とはスーツケースの取っ手である

    この状態をピクサーではスーツケースを使って表現しています。

    取っ手と本体が数本の糸でかろうじてつながっている古くて重いスーツケースがある。その取っ手は、一見、的を射た奥深い言葉のように思える「プロセスを信じよ」か「物語が一番偉い」を表し、スーツケースは、このフレーズに飲み込まれてしまったあらゆるもの──経験、深遠なる知恵、努力のすえに得られる真実──を表している。

    出典:ピクサー流 創造するちから

    スーツケースより取っ手のほうが何倍も持ち歩きやすいのだ。

    出典:ピクサー流 創造するちから

    「取っ手」をいくつぶら下げても、その後ろには何もついていなければ意味がありません。本当に必要なのはズッシリと重たいスーツケース本体。

    耳触りの良い言葉に飲み込まれ、あたかも名言を知っただけで成長し、一回り大きくなったかのように錯覚をするのです。

    名言とは取扱いに注意の劇薬である

    TwitterやFacebookが浸透し、名言が身近になりました。しかし名言は取扱い注意の劇薬に似ています。

    フレーズを目にして「いい言葉だなぁ」と感動するのは良いでしょう。しかしそれはあくまで一時的な感動に過ぎないことを忘れてはいけません。その人はどのような過程を経て名言を紡いだのでしょうか?どれだけの人生の時間を費やして到達した知恵を名言に込めているのでしょうか?

    たとえば、

    夢や目標を達成するには、1つしか方法がない。
    小さなことを積み重ねること。

    By イチロー – Wikipedia

    というフレーズがあります。これにはどのような意図が込められたのでしょうか?「そうだよなぁ、小さいことでも積み重ねれば、いずれは成功できるんだよなぁ〜。」ぐらいに考えている人は、もう少し深く掘り下げてみてください。

    イチロー選手はどれぐらいの時間を積み重ねたのか、どのようなことを積み重ねてきたのか。そしてこの名言を受け、今後のあなたの人生で何をどのように積み重ねますか?

    言葉に頼りすぎて、問題にきちんと向き合わなくなっている。
    我々は、「物語が一番偉い」と言っただけでなく、本当にそう信じてそのように行動してきたからほかと一線を画すことができた

    出典:ピクサー流 創造するちから

    フレーズに感動するだけは、ただ言葉に振り回されているだけ。一時の感動に浸っても何も変わることはありません。名言はあなたの人生に取り入れ行動してはじめて、素晴らしい成長をもたらしてくれます。

    ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

    ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

    • 作者: エド・キャットムル著,エイミー・ワラス著,石原薫訳
    • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
    • 発売日: 2014/10/03
    • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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  • シルクドソレイユに入ってから、本気で叱られた3つのエピソード

    シルクドソレイユに入ってから、本気で叱られた3つのエピソード

    http://www.flickr.com/photos/39734516@N00/7659652684
    photo by elviskennedy

    シルクドソレイユに来てスグ、何度か本気で叱られました。

    普段は遊び心たっぷりの職場ですが「ここはダメ」というポイントは暗黙に決まっているのです。

    ラヌーバに来た当初、右も左も英語もわからないままでデビューしました。縄跳びの演技は求められた水準に達していたかもしれません。しかしショーで共に働くアーティストとしては半人前でした。

    今回はシルクドソレイユに入って1年以内に本気で叱られたエピソードから、この会社が大切にしているポイントを紹介したいと思います。

    「お偉いさんが観てるよ!」と冗談で言った

    ある日、お忍びで社長のギー・ラリベルテがショーを観に来ていました。年に一度はオフィシャルで観劇に来るのですが、たまにお忍びで来ることがあります。

    というのも、ギーさんが観てるとなればアーティストは否応なしに緊張するから。彼は緊張した社長向けのショーではなく、普段のショーを観ることの価値があると考えているのです。

    ただ・・・彼がいつも座る席が決まってるんですよ。しかもあれだけオーラのある人ならステージからでも十分に気付くわけで。

    縄跳びアクトはショーの一番最初。この日も、自分たちが真っ先にギーさんの存在に気付きました。アクト後、バックステージで何気なく「ギー・ラリベルテが観に来てるよ!」と近くにいたアーティストに話してしまった。

    これが間違いでした。

    アーティストにも気にしないタイプと、過度の緊張で良い演技が出来なくなってしまうタイプが居るのです。偶然にもそこで話をしたのが後者のタイプ。

    「あなたが余計なことを言ったせいで力んでしまうじゃないか。」
    「本番で良い演技が出来ずに問題が起きたら責任取れるのか?」

    もう言い返す言葉がありませんでした。自分は誰が観ていても特に気にならないタイプですが、アーティストによっては繊細な人も居るんだと学びました。

    あれ以降、客席に誰かが見えても一切口外することは無くなりました。たとえ冗談でも仕事の邪魔をすることは許されないのです。

    「バンジー、、、怖いんだよね!」

    自分たちは2か月間モントリオールでトレーニングを受けました。
    メインは縄跳びでしたが、同時に縄跳び以外の役割の練習もします。自分たちに割り振られた役の1つに「バンジー」というのがありました。

    簡単に言えばバンジージャンプです。ゴムを付けられてステージ上のバーから20mから落下。そのまま戻って来てバーを再び掴むという単純な役割です。

    単純とはいえ高所。冗談のつもりで「バンジー・・・怖いんだよね!」とコーチにつぶやいた瞬間、

    「本気で怖いなら今すぐに練習を辞める」
    「高所に順応が必要なら時間を設けるから言ってくれ」

    真剣でマジな回答が返ってきました。
    焦って冗談だと伝えると、

    「冗談であってもそれは良くない」
    「シルクドソレイユでは安全を最優先している。」
    「高所では常に危険を意識しなければいけないんだ。」

    低い声ですごい形相。

    これ以降はバンジーの冗談を言うことは無くなりました。あれだけの空中演技をしているシルクドソレイユゆえ、高所の危険性は誰よりも熟知し敏感なのです。

    高所が怖いということは安全性を欠くことを意味します。たとえ冗談であっても安全性を脅かすことはあってはならないのです。

    「・・・」←何も言わない

    ラヌーバに来た当初、英語が全くしゃべれませんでした。

    モントリオール時代は通訳さんが付いてくれましたが、デビューしてからは完全に放置プレイ。何とか英語でコミュニケーションをしなければなりません。喋れないだけでなく、リスニングもおぼつかない。同僚が何を言っているか理解するのも一苦労でした。

    すると頻繁に黙り込むようになってしまいました。相手の言葉に対して反応できない。黙り込んで何も言えないず、ただ笑っているだけ、、、

    こんな様子を見た同僚のアーティストが、

    「お前は何をしにここに来たんだ?」
    「俺はアクロバットをしに来ている。だからアクロバットの意見をちゃんという。」
    「縄跳びをしに来てるなら、お前もしっかり縄跳びについて意見を言え」

    英語がしゃべれないとか関係ありません。上手じゃなくても良いから意思や意見を出せ!!という叱責でした。何しろショーで縄跳びのアーティストは自分たちだけ。皆は協力こそしてくれますが、自分たちは率先して意見を出す立場にあったのです。

    誰も流暢な英語を求めているわけではなく、縄跳びアーティストとしての意見を求めていたんです。「Fast」「More」「Down」などの単語で十分。何よりステージを創り上げるメンバーでコミュニケーションを取ることが重要だったのです。

    いまも英語は得意ではありませんが、たとえ文章が滅茶苦茶でも伝えようとする意思が重要なのだと学びました。

    関連記事:海外では『空気が読める』と『コミュ障』はほぼ同じ扱いである – なわとび1本で何でもできるのだ

    まとめ

    今回紹介した叱られエピソードはホンの一握り。小さいモノから大きいモノまで、探せばいくらでもあります。何なら、つい先日も叱られたばかりです。

    叱られる時、背後には相手の「プロとして譲れないポイント」がしっかりと見えています。お互いの尊重なしにはショーが成り立たない。ゆえに厳しい言葉で叱ってくれるのです。

    これからも、時に叱られた言葉を受け止めながら、時に叱る立場として厳しい言葉を掛けながら、明日のステージに向かいたいと思います。

    叱られる力 聞く力2

    叱られる力 聞く力2

  • お山の大将で何が悪い!!今いる場所で評価されることの意味

    お山の大将で何が悪い!!今いる場所で評価されることの意味

    http://www.flickr.com/photos/59138552@N07/14212780326
    photo by Chi Tranter

    世の中、探せばいくらでもスゴイ人を見つけられます。

    小学校で縄跳びをするよりも全日本の方がレベルは高いし、当然のように国際大会の方がレベルは高い。上を見ればいくらでも上は見つけられます。

    上を目指すのは良いことでしょう、自らより高い位置にいる人を見てモチベーションを高めるのは悪いことじゃありません。

    しかし皆が皆、世界レベルを目指す必要って無いと思うんです。実はお山の大将として今いる場所で評価されることも大切ではないでしょうか?

    今の場所で評価される事の意味

    「学校で一番!」「市内で一番!」とか、まったく卑下する必要ないと思うんです。

    だって自身の実生活圏内で評価されるのは素晴らしいことなんです。こういう時代なのでネットで評価される人が持ち上げられる傾向がありますが、目の届く範囲で評価されるのだって十分幸せな事じゃないでしょうか。

    ネットから届く言葉も嬉しいでしょう。でもダイレクトに目の前の相手が届けてくれる言葉だって十分嬉しいですよね。あなたを評価してくれる人が目の前に居るというのは、実に素晴らしい事なんです。

    自分も最初は地元児童館のパフォーマンスから始めました。回数を重ねるうちに小学校から声が掛り、区内、都内、そして全国の小学校から出張指導の依頼が舞い込むようになりました。

    今の場所で評価されたということは、1つ大きな世界に飛び出してもいずれ評価される可能性があるということ。はじめ学校で一番だった人が県内という広い世界に飛び出す。次は地方に飛び出し、全国、世界へ。こうして飛び出す場所が広がっていくのです。

    ここじゃない何処かで評価されたい?

    これには反対の事も言えます。

    いまの場所で評価されない理由を「場所が悪いから」「他の場所なら評価される」と環境のせいにする。厳しいようですが、今の場所で評価されない人が別の場所で評価される可能性は低いでしょう。

    たしかに人には向き不向きがあります。全く違った業界に飛び込めば評価される可能性はあります。でもあなたの評価をするのはあくまで人間。飛び出す前にまず「なぜこの場所で評価が低いのか?」を冷静に考える必要があります。

    十分な評価を貰えないことを不服に思い、苦し紛れに飛び出すのはあまりお勧めできません。

    今いる場所で最善を尽くせる人になる

    誤解を恐れずにいれば、場所の大小に関係はありません。いまあなたのいるステージが重要なのです。今いるステージで最善を尽くすこと。それ以外に「今の場所」で評価される方法はありません。

    つまり今の場所で評価を受けたということは、自身のいるステージで最善を尽くせたという意味。たとえ広いステージであっても、今いる場所で最善を尽くせる人こそが評価を受けるのに変わりはないのです。

    あなたがどこに居ようと、今の場所で評価されたらもっと自信を持ちましょう。

  • 論破で喜ぶのは99%無意味。デキる人ほど「叱られる力」を磨く。

    論破で喜ぶのは99%無意味。デキる人ほど「叱られる力」を磨く。

    http://www.flickr.com/photos/19565307@N00/67512171
    photo by *¦·sindorella·¦*

    叱られるのは気分のイイものじゃないですよね。

    自分もよく叱られます。仕事でミスをした時、うまくコミュニケーションを取れなかった時、単純に成果がよくなかった時・・・探せばいくらでもあります。

    ただ叱られ方にも上手な人と下手な人がいます。上手な人は不思議とチームの信頼を集め、下手な人は徐々に孤立していく。この両者の違いは何でしょうか。

    「お前に言われたくない!!」は殆ど的外れ

    まずやってしまいがちなのが相手との関係性に持ち込むケース。

    『そっちだって○●じゃないか!?』と焦点の違う問題を引っ張ってきて反論。相手との年齢や立場が近い場合に起こりやすいケースです。

    こうした相手との関係性に議論を持ち込むのは常套手段とも言われています。議論の焦点をずらして「上からモノを言うな!」と相手を退けることが出来るからです。

    しかしこれでは何も話は進みませんよね。ただでさえ人のミスや問題点を指摘するのは骨の折れる作業。適当に慣れ合っていた方が楽なのに、あえて気分を害するような指摘をするのですから。

    にもかかわらず「お前だって!!」と突っぱねられた相手は、どう思うでしょうか?

    論破することに意味はあるか?

    あらぬ誤解を解くのは良いでしょう。しかしいつも論破するのは考えモノ。相手は問題を解決しようと提案しているのです。なのにいつも論破されていては、次第に言葉を掛けるのも億劫になりますよね。

    しかも論破したことで問題は解決しましたか?
    言いくるめて相手を閉口させただけじゃありませんか?

    誤解を解くのと論破するのでは意味が違います。誤解を解いた後は双方が納得します。一方で論破はする方こそ快感かもしれませんが、された方にはわだかまりが残るものです。

    過ちを認めるのは負けではない

    叱られた時に華麗に論破でもしようものなら、その人は二度とあなたを叱りません。手応えもなしに骨の折れる行為を繰り返してくれる人など居ないからです。そればかりか「反論ばかりで非協力的」というレッテルを張られ、他の場面の信頼も失いかねません。

    またきちんと事実を認めたと表明することも大切。過ちを認めるのは負けではありません。叱る側も次に繋げてほしいから、わざわざ言葉に出しているのです。「でも」や「しかし」で反論してばかりでは、事実を認めているとは言えませんよね。

    叱った相手が「ちゃんと響いた」「骨を折った甲斐があった」と感じればあなたの勝ちです。厳しい言葉でも投げかければちゃんと変化できる人、と認めてもらえるからです。ここに生まれる期待を信頼と言います。

    同じ嫌な思いをするなら、上手に叱られて次に繋げていきましょう。

  • まだ成功体験で消耗してるの?本当に必要なのは『失敗体験』です。

    まだ成功体験で消耗してるの?本当に必要なのは『失敗体験』です。

    Young boy slipping and falling
    Photo by Aaron Brinker

    自分はずーっと、「好きなことをやってみよう」や「まず行動が大切」と言い続けてきました。

    この言葉は裏を返すと「じゃんじゃん失敗しよう!」ということ。成功体験も大切ですが、それ以上に失敗体験も非常に大切だと思うんです。

    何かひとつに長く携わると、これは失敗するなぁ…といった勘が働くようになりますよね。自分も縄跳びでは「この演技はシンドイだろうなぁ…」「盛り上がらないだろうなぁ」というのはパッと見てわかります。

    でもこれを安易に伝えてしまうのは本当にいい事でしょうか?
    実はこれ、親切なようで相手のチャンスを奪ってしまう行為だと思うんです。

    確実に成功体験するにはどうするか?

    そりゃ誰だって失敗しないで成功したいですよね。では失敗しないで成功するにはどうしたらいいでしょうか?

    答えは簡単で勝てる戦いに挑めばいい。自分よりも弱い相手や有利な状況で勝負をすればいいんです。高校生が小学生と算数のテストで勝負すればほぼ100%勝てますよね。

    もしくはリスクのある戦いをしないことです。勝てる見込みが8割ならOK、6割なら微妙、4割なら撤退。この姿勢を貫けば失敗を経験せずに済むことでしょう。

    たしかにこれらの方法なら成功体験はできます。でもこれって非常に脆いんですよ。だって勝てる勝負ばかりしていたら、チャレンジ精神が失われるのは目に見えてますよね。

    イソップ物語の狐みたく「あんなことで必死になってるなんて馬鹿らしい」とか言い出したら危険信号です。

    準備に終わりは来ない

    ある時、自分はアクトの一部の振付を変更するプロジェクトを立てていました。もっと良い動きができる、なにか新しいことがしたい!という思いから練習を始めたのです。

    しかし本番のショーで新しい振付がお目見えする日は来ませんでした。もう何通りもの振付を創作しては、細かい欠点や気に食わない動きに目が行きます。そのうちに新しい振付を創作すること自体に飽きてしまい、結局なにも変わらないままで終わってしまいました。

    ■関連記事:あなたは『意思』が弱いんじゃない。浪費しているのだ。 – なわとび1本で何でもできるのだ

    このように、成功体験ばかり求める人は万全の体勢を整えようとします。勉強・練習・下調べを重ね、来る日のために着々と準備を進める…。しかし断言できます。こういう人には悲しいかな、来る日は来ません。

    なぜなら準備するほどに不足が見つり、更に準備をしないと不安になる。そしてまた準備を繰り返す、、、こうして準備という洗練を重ね時間を費やす。最後には「今準備してるんだ!!」と排他的態度へとたどり着きます。

    ■関連記事:みんな分かってくれない!!それ、分かってるの「あなただけ」じゃない? – なわとび1本で何でもできるのだ

    自分も新しい振付を「えいやっ!」とショーに投入すればよかったんです。例え失敗しても少しずつ本番を通じて修正を繰り返していけばよかった。そうしていれば今頃全く別の振付に進化していたことでしょう。

    人は失敗体験からの方が多く学ぶ

    失敗体験は成功体験より貴重です。なぜなら自ら率先して実行しなければ得られないからです。挑戦して達成できなかったことを失敗体験と言います。また「何もしなかった」という失敗を後悔と呼びます。

    また本当に成功したいと思っている人であれば、何も言わずともあなたの失敗を学んでいます。あえて失敗について助言する必要はありません。

    後輩や仲間の挑戦を前に「それ、本当に大丈夫?」「失敗しない?」といった助言は思いやりの親切に聞こえます。でも本当に相手を尊重するのであれば、優しく背中を後押しあげてはどうでしょうか?

  • 男子新体操はなぜシルクドソレイユから注目されたか?

    男子新体操はなぜシルクドソレイユから注目されたか?

    Stunts - Pike

    男子新体操がシルクドソレイユ内で注目を浴び続けています。

    男子新体操 – Wikipedia

    先日の「笑ってこらえて2時間スペシャル」で男子新体操出身のアーティストにスポットが当てられ紹介されていました。また日本公演中のOVOにも男子新体操出身のアーティストが出演しています。

    この現象は2011年のMichael Jackson The Immortal World Tourが開幕された時から始まりました。突如としてシルクドソレイユが男子新体操のアーティストを抜擢し、アクトを創作し始めたのです。

    では、なぜ男子新体操は突如注目を浴びたのでしょうか。

    技術はそこまで高くない?

    男子新体操は素晴らしい技を繰り出します。しかしトップレベルの体操競技やタンブリング競技に比べると、技術はやや落ちます。

    というのも後者2つの競技は「技自体」を純粋に競うのに対し、男子新体操は「道具に扱い」「音楽との調和」「揃い具合」といった複数の要素で競われるから。いくらハイレベルな技を繰り出しても、これらの要素に合致しないと点数が出ない仕組みなのです。

    とはいっても、上位になれば伸身二回宙返り*1のような難易度の高い技を繰り出す選手も居ます。体操競技やタンブリングで世界トップにはなれないかもしれませんが、シルクドソレイユが求める基準には十分達していると言えます。

    シルクドソレイユが注目した「シンクロ」と「前宙伏臥」

    求める基準の技術はある。しかし体操競技やタンブリングのトップ程ではない。では純粋な技術以外にシルクドソレイユが注目した点は何だったのでしょうか?

    その1つ目は「動きのシンクロ」。

    男子新体操の集団演技は、驚異的なまでに動きを揃えることで有名です。一糸乱れぬ、とはこのことだと思い知らされるほど。知り合いの経験者によれば呼吸で動きを合わせることで、あそこまでシンクロした演技をすることができる言います。

    これが普通の体操選手には難しい。

    ラヌーバにもタンブリングとトランポリンを使ったアクトがあり、動きを揃える振り付けがあります。しかし、男子新体操と比べると揃っているとは言いがたい。

    なぜなら「揃える」というのは非常に難易度が高いんですよ。シルクドソレイユのアーティストでも、男子新体操のようにシンクロさせるのは簡単じゃない。人と揃えるためには別にトレーニングが必要なんです。

    そして「伏臥」という男子新体操特有の動きは大きな衝撃を与えました。

    (※)前宙伏臥の動画

    以前マイアミのMichael Jacksonのアリーナショーをラヌーバの集団で見に行きました。ここで男子新体操のアーティストが前宙伏臥を決めた瞬間、ラヌーバのアーティストからは悲鳴に近い歓声が上がりました。

    伏臥は一般的にトランポリンでやる技。普通の床ではまずやりません。それを知っているアクロバットの専門家たち、とくにアーティスト達には大きな衝撃を与えました。

    彼らを抜擢したキャスティングも、伏臥には同様に驚愕したことでしょう。

    まとめ

    ある時、とある日本人アーティストがディレクターに男子新体操の演技を見せました。ディレクターは驚愕し、その場でキャスティングに連絡を入れたといいます。シルクドソレイユに抜擢された瞬間でした。

    これまで見てきたように、男子新体操にはショーで活用出来るだけの十分なポテンシャルがありました。抜擢すればそのままショーになる。むしろ起用が遅すぎたようにすら感じます。

    将来、男子新体操出身のアーティストの活躍の場は広がると思います。
    同じ日本人アーティストとして、今後の活躍が楽しみです。

    *1:身体を真っ直ぐに伸ばした状態で2回転の宙返りをする技

  • 市場から選ばれない人材:足りないのは能力や価値でなく「想像力」

    市場から選ばれない人材:足りないのは能力や価値でなく「想像力」

    http://www.flickr.com/photos/14617207@N00/3432232452
    photo by alandberning

    自分は、選ばれなかった側でした。

    例年恒例になったOrlando Balletとのコラボ企画「Chroeographers ShowCase」。双方の有志が集まり、その中から振付をする人と踊る人に分かれて個別に作品を持ち寄ります。

    普段は出演する側の人間が、別の人を振付するというチャレンジを後押しする目的で考えられたショーケースです。振付希望者は、同じく有志で集まったメンバーからキャスティングをする所から作品創作が始まります。

    自分は毎年ここに出演しており、今年も踊る側として手を挙げました。

    出演内容は「全身黒ずくめ」の道具係

    自分に任せられた仕事は「巨大な人形をステージ上で持つ」というものでした。衣装は全身黒ずくめ。頭部が目立たないようにフードの付いたパーカーを着用しての出演です。

    自分が人形を持っている間にも他のダンサー達は華麗に踊ります。音に合わせて身体を動かします。彼らは身体で表現をしています。

    本音を言えば踊りたかった。でも選ばれなかったのにはちゃんと理由があるんです。

    ダンサーとサーカスアーティストの違い

    蓋を開けてみると、シルクドソレイユ側からの出演者は僅かに5名のみ。しかも皆が1つだけの出演でした。一方でOrlando Balletの出演者は2つ3つの掛けもちが当たり前。Orlando Balletのダンサーだけで構成されていた作品も少なくありません。

    ではなぜOrlando Balletのダンサーは振付家に人気で、シルクドソレイユのアーティストは人気が無いのでしょうか。それは求められる価値の違いにありました。

    まずシルクドソレイユ側の出演者は皆ダンサーではありません。サーカス専門のアクロバッターです。たしかに世界レベルの技や並外れた空中感覚を持ち合わせてはいます。しかしダンサーとしてのレベルは決して高くありません。むしろプロのダンサー集団であるOrlando Balletの出演者と比べるのもお門違いです。

    ではアクロバッターとダンサーの違いとは何か。以前、舞台で「存在感」がないのは論外である:情熱と「存在感」の関係性という記事を書きました。ここでいう存在感を出せるポイントが両者では全く違うのです。

    ダンサーは踊っている時、そしてアクロバッターはアクロバットをしている時が最も存在感を発揮する。当然と言えば当然です。ダンサーはステージに出ている全ての瞬間で踊っています。身体をステージに置くだけで踊りが始まるのです。

    しかしアクロバッターは意図的に実施しなければ技は出せません。つまり存在感を出せる瞬間が圧倒的にダンサーよりも少ないのです。

    踊れるか?=市場価値に等しい

    出演者は振付家にキャスティングされます。性別、能力、そして有用性。全ての裁量は振付家のサジ加減一つにかかっています。作品のために、当然のように彼らは妥協せずに人材を選抜します。

    するとここに「市場」が生まれます。

    使える人材にはラブコールが集中し、いまいちの人材には声すらかからない。残酷なまでに一定の価値基準で「選ばれる・選ばれない」が決定してしまう。そしてその基準とは踊れるかどうか?に大きな比重があるのです。

    振付には素材が思い通りに動いてくれるのが理想。揃えろと言えば揃う、こう動けと言えばその通りに動ける。止まれと言えば止まれて、感情だってこめられる。ダンサーとアクロバッターが比べられた時、どちらに軍配があがるかは明らかなのです。

    しかもダンサーならステージ上で常に存在感を出し続けられる。アーティストで存在感を出し続けられる人はごく一握り。ここにも両者の市場価値が広がってしまう原因があります。

    市場に求められるか?が大切

    アーティストの名誉の為に言うと、彼らも普段のショーでは素晴らしい存在感を出す人ばかり。不思議とほぼ全員がキャラクターとして出演している人達でした。アクロバットは世界レベル。申し分ない才能の持ち主ばかりです。

    しかし求められているモノが違ければ、世界レベルだろうが何の意味もありません。踊れる人材が必要な市場に、縄跳びが自在に操れる人材は必要ないのです。

    今回のケースだと、自分の市場価値は最低ランクだったことでしょう。踊れるわけでも、秀でたアクロバットが出来るわけでもない。縄跳びが上手などという酷く限られた状況でしか活用できない人材ゆえ、人形を持つ仕事が回ってきたとしても文句は言えません。

    反対にこれが縄跳びパフォーマンス公演だったとすれば、自分の市場価値はうなぎ上りだったことでしょう…。

    たとえ世界レベルや唯一無二の能力があったとしても、飛び込む市場によっては価値が変化します。市場価値とは相対的なモノ。ゆえに絶対的に変化しない市場価値など存在しないのです。

    あなたの価値は市場でどう評価されますか?
    黒ずくめで人形を持つことにならないよう、しっかり見極めてください。

    マーケット感覚を身につけよう

    マーケット感覚を身につけよう

  • シルクドソレイユ創始者ギー・ラリベルテ:所有権の売却に向け動き出す

    シルクドソレイユ創始者ギー・ラリベルテ:所有権の売却に向け動き出す

    2014年の年末にこんなニュースが駆け巡りました。

    Cirque du Soleil’s Next Act: Rebalancing the Business – WSJ

    シルクドソレイユの創始者であるギー・ラリベルテ。彼は会社所有権の90%を保有していると言われています。今回の記事では、彼の保有する所有権の20-30%を売却する方向で投資家を募集していると報じています。

    相次ぐショーの閉幕と不幸な事故

    シルクドソレイユは1984年から2006年までの間、20のショーを開幕しました。そして2007年から2012年の僅か6年で14のショーを開幕。しかし残念ながらこの中で5つのショーが早期閉幕に追いやられてしまいました。

    また2014年には30年の歴史始まって以来、初の死亡事故が発生。また別のラスベガスショーでも落下事故が発生し、ショーの安全性や危機管理の問題点など、社内だけでなく世間にも大きな波紋を呼びました。

    収益の減少、リストラ、予算削減・・・

    2012年、シルクドソレイユは初めての財政赤字になりました。

    この事態を受け、モントリオール本部を初め多くのショーで解雇や解任が続発します。なかにはアーティスト55名も含まれており、ラヌーバからも2名が解雇を言い渡されました。

    その後も財政不振を立て直すために様々な手段が講じられました。ツアーショーに同行する公的学校制度の廃止、保険制度の見直し、勤続記念ジャケット配布の見送り。

    些細なカットから大規模な削減まで、各所でのリストラや予算削減が未だに敢行されています。つい先日もラスベガスショーの責任者が兼任になることが発表され、何名かの役員がリストラの憂き目にあっています。

    ブルー・オーシャンからレッド・オーシャンへの転換

    シルクドソレイユは頻繁に「ブルー・オーシャン」の例として挙げられます。競争相手が多く、血で血を洗う「レッドオーシャン」に対し、競争相手の少ない新たに開拓された市場は「ブルー・オーシャン」と呼ばれます。

    ブルー・オーシャン戦略 – Wikipedia

    ところがここ数年、シルクドソレイユに追随するカンパニーが急増しています。記憶に新しい「empire」や「シルク・エロワーズ」、またシルクと名の付かずともコンセプトの近いマカオ「The House of Dancing Water」「Les 7 doigts de la main」のような競合カンパニーが台頭してきました。

    出演者にはシルクドソレイユ出身者も多く、ノウハウを学んだ新世代とも言えるでしょう。

    EMPIRE
    the house of dancing water
    Cirque Éloize
    Homepage | Les 7 doigts de la main

    こうした背景を創始者のギー・ラリベルテは次のような言葉で表現しています。

    ‘we are a rarity—but the rarity was gone’
    (我々は希少な存在である。だがその希少性はもう過ぎ去ってしまった)

    所有権の売却と新規市場開拓で抜本改革を

    世界経済、サーカス業界の動向、そして不運な事故・・・こうした要因が重なり2013年の収益は約8.5億ドルまで低下。前年2012年の10億ドルから15%の減収になりました。この収益も過去のショー閉幕をはじめとしたコストの相殺に費やされ、2014年も財政不振が暗い影を落としています。

    創始者のギー・ラリベルテは2014年12月、こうした状況を打破すべくシルクドソレイユ所有権の20-30%を売却することを発表しました。経営責任者のダニエラ・ラマーは所有権売却による投資収入の総額は15億ドル〜20億ドルを目指すと述べています。

    また今回の投資では「戦略的投資」という言葉を強調し、これまでシルクドソレイユが苦戦を強いられてきたアジア圏、特に中国・インドでの新規市場開拓を目指すと言います。

    さらに新たな市場開拓としての、子ども向けテレビ番組、テーマパーク、小規模ホテルのキャバレーショーを発表。またスペシャルイベントと呼ばれる短期ショーの売上が1500万ドルから3700万ドルに上昇していることから、今後も新規市場開拓に力を入れていく意気込みを持っているとのことです。

    ◆メキシコで開演したキャバレーショー
    JOYA: New Show. Riviera Maya, Mexico | Cirque du Soleil

    ◆シルクドソレイユが計画中のテーマパーク
    GRUPO VIDANTA AND CIRQUE DU SOLEIL EXPAND PARTNERSHIP TO CREATE WORLD’S FIRST ENTERTAINMENT PARK ANIMATED BY CIRQUE DU SOLEIL

    今後の動向に注目

    シルクドソレイユは今、大きな転換期にあります。日本の常設ショーZEDが閉幕してからというものの、なし崩し的に暗いニュースが跳び込むようになりました。

    出演する側から見た、ZED閉幕のショック – 縄のまっちゃん公式ブログ【旧ブログ】

    いまのシルクドソレイユを見て、モントリオール国際サーカス学校の元ディレクターは厳しい言葉をかけます。

    “Are they just a machine to print money?”
    (アーティストは単なるお金を生み出すマシーンなのか?)

    “If you’re not capable to maintain and refresh desire, why are you there?”
    (彼らを守り求めるモノを回復させられないなら、もはやあなた達は不要である)

    By Jan Rok Achard

    ひとりのシルクドソレイユ出演者として、今回の投資が上手く機能してくれることを願って止みません。

    シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力

    シルク・ドゥ・ソレイユ サーカスを変えた創造力

    白い扉の向こう側 ようこそシルク・ドゥ・ソレイユへ

    白い扉の向こう側 ようこそシルク・ドゥ・ソレイユへ

    • 作者: リン・ヒュワード,ジョン・U・ベーコン,有賀裕子
    • 出版社/メーカー: ランダムハウス講談社
    • 発売日: 2007/02/06
    • メディア: 単行本
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  • 丁寧な仕事をする人ほど他人に厳しくなり、イライラを溜めやすい件

    丁寧な仕事をする人ほど他人に厳しくなり、イライラを溜めやすい件

    http://www.flickr.com/photos/91271126@N00/4034638293
    photo by Xavier Donat

    新品のスマホ画面って小さなホコリがくっ付くきますよね?

    普段は見えない小さな小さなホコリ。これがあると綺麗にフィルムが貼れないので、誰しも念入りに拭き取ります。

    でもしばらく使うとこうしたホコリやゴミが気にならなくなる。というか、ホコリが見えなくなる。さらに長年使い込んだスマホだと多少の傷や汚れすら気にならなくなって、落としても心のダメージは殆ど無い。

    当たり前ですが、これは新品が綺麗だから起こることです。何の汚れもなければ傷もない。だからこそごく小さなホコリや汚れでも目に留まって気になるんです。

    洗練するほどに粗が見えてくる

    これって、練習や仕事に通じる部分があると思うんです。

    いくら反復練習繰り返しても、その度にどこかに「ズレ」や「乱れ」が見つかる。これは初心者に限ったことではありません。むしろ上達していくに従い、より細かな箇所に不満が見えるようになるんです。

    これは新品のスマホに付着したホコリの原理と同じ。

    練習を重ねる度に動きや技が洗練されていく。でも洗練されるからこそ、小さなホコリのように細かい箇所が気になる。さらに練習を重ねれば、さらに細かい箇所に気が行くようになる。このスパイラルがずーっと繰り返されていきます。

    ある程度までは、上達のための強力な武器になります。
    ところがある時点を境に、自らや周囲へと刃を向くようになります。

    他者排除に発展していく

    洗練する、より小さなことが気になる、より洗練する、より小さなことが気になる・・・。

    このスパイラルの特徴は「自分が思う問題点」に必要以上に注意が集まることです。「自分が問題だと思うから、これは問題である。」という具合に、他者の介入を無意識に阻害してしまう。

    さらに質が悪いのが「自分が問題だと思うから、皆も問題だと思うに違いない」という状態まで進行したとき。個人内で勝手に動いている間はまだ良いですが、ここまで来ると他者排除が始まります。

    殆どの場合、この時点で問題点は周囲からは見えないほど些細な事象。でも本人的は、まるで巨大なプロジェクトを推進しているかのように考えています。

    そして解決した問題に対して、
    意見の合わない人、賛同しない人、そしてアドバイスを掛ける人までも排除の対象になる。

    ここまで来てしまうと周囲が何を言っても難しい。
    本人が自身の異常事態に気付くまでは、触らぬ神に祟りなし状態です。

    そして決まり文句が、
    「なぜみんな分かってくれないんだ!!!???」
    です。

    自分と他者が見ている景色は違う

    ある人が見れば完璧でも、ある人が見れば不十分。それは見ている景色が違うからです。100人に聞いて100人が完璧だ!!と絶賛する仕事なんて存在しません。探せばひとつぐらい粗があるでしょう。先ほどのホコリのように細かなことが気になる人だって居ます。

    この現象に陥りやすいのが真面目な人。自制心が強く責任感もある。仕事ができると言われてる人も多いと思います。

    もしあなたが「みんな分かってない!!」と腹が立つことが多い場合、ふと立ち止まってみてください。

    その仕事をわかってるの、あなただけじゃありませんか?

  • アメリカで交通事故?!いざと言う時に覚えておきたい3つの対処法

    アメリカで交通事故?!いざと言う時に覚えておきたい3つの対処法

    dazzled maniac Jim Morrison drowns out the haunting whimper of a coyote dying on the road by his dreadful death-scream into the abyssal sun ... HWY 01:23:47

    photo by quapan

    先日マイアミにAmalunaを見に行ったとき、駐車場で貰い事故をしました。

    駐車場に車を止めた途端、後ろに駐車しようとした車が追突してきたのです。エンジンを止めていたのでこちらに非はありませんでした。しかし異国の地で初めての事故。明らかに自分は気が動転してしまいました。

    アメリカは車社会。ニューヨークやロサンゼルスのような大都市でもない限り、車がなければ生活ができません。加えてアメリカ人はあまり運転が上手じゃない・・・誰にでも貰い事故をする可能性があります。

    初めてのアメリカ交通事故の経験から、いざという時にどのように対処したら良いかをまとめてみました。

    まずは警察に電話

    やってしまった・・・。気が動転するのは仕方ありません。でも落ち着いて、まずは911(警察)に電話をしましょう。そして怪我人がいる場合はシッカリとその旨を伝えます。

    もちろん怪我人の救出や事故車両の移動は日本と同じ。人命救助が最優先なので、警察や救急車が到着するまでに出来る限りの処置を行います。

    この時、警察が現場に到着するまでに時間がかかることがあります。しかし絶対に現場から離れてはいけません。なぜなら相手に非があっても、現場に居ないという理由だけで不利益な証言をされてしまうからです。

    場合によっては不当な請求をされる恐れもあります。用事があっても、可能な限り現場検証と警察の事情聴取には立ち会うようにしてください。

    Sorryは言ってはいけない!

    警察が来たら現場検証が始まります。当事者同士の事情聴取、そして事故の状況をまとめた書類を作成してくれます。

    ここで絶対に「sorry」という単語を使ってはいけません。警察が来るまでにも相手と口論になっても、できる限りは謝罪の言葉を使ってはいけません。この発言で不利益を被ってしまう恐れがあるのです。

    警察の実況見分では双方の言い分を聞かれます。仮に追突などで完全に相手に非があったとしても、謝罪したという事実で「君に非があったんだよね?」というように捉えられてしまう。すると弁償してもらえるはずの金額が全部下りない!!というトラブルになりかねません。

    事情をよく知っているアメリカ人は、自分の過失を認めようとしません。何ならお前が下がってきたんだろ?ぐらいの喧嘩腰で来ることも。

    日本人は不意にSorryという言葉を発してしまいがち。それは自ら過失を認めたと理解されます。少々強気に居るぐらいの覚悟で、安易にSorryとは口にしないように気をつけましょう。

    (※)危険を感じた場合はすーっと引きましょう!

    Accident Report(事故証明)には必要情報が全てある

    日本でも事故証明という書類がありますよね?アレと同じものを、アメリカではAccident Reportと言います。この書類には事故状況や相手の連絡先など、保険会社とのやり取りで必要な情報が全て記載されています。

    車の修理費用の請求をするときにも必要なので、この書類だけは絶対に貰うようにしましょう。

    もしAccident Reportをその場で発行できない場合、発行手続きの手順が記載された紙を貰えます。ここに記載されている手順で警察署に問い合わせれば、数日以内にAccident Reportを発行してくれます。

    しかし警察署は電話が簡単につながりません。それだけ事故が多いのでしょう。そこでオススメなのがWEBでAccident Reportを発行してくれるサービスです。

    AuthorizeTransaction : Secure Report Retrieval Service

    (※) 2015年2月現在対応しているのが以下の州

    FL、GA、TN、TX、IN、OH、MI、MA、NJ、MD

    (※)発行手数料は10ドル

    旅行先、出張先などで事故をしてしまい後日警察署に出向けない場合、このサービスを使えばどこでも簡単にAccident Reportを発行することができます。

    事故現場が対応している州でしたらオススメです。

    まとめ

    できれば交通事故なんてしたくありません。

    しかし、いざという時に適切な対応が出来るかどうかで、後の利益・不利益が変わってしまいます。過失のある相手が強気で食って掛かってくるなんて、日本ではあまり考えられませんが…ここは異国の文化である!とドライに対応して問題ありません。

    転ばぬ先の杖。
    いざと言う時のために覚えておきたい、アメリカ交通事故の対処法でした。

  • プロになる君へ。5年前の自身に宛てたメッセージ

    プロになる君へ。5年前の自身に宛てたメッセージ

    Cast your bokeh to the wind

    Photo By jamesjordan

    プロとしてステージに立ち始めたのは2010年。あれから約2000回のショーへ出演し、大きな怪我も3回経験しました。

    プロであることの大変さと同時に、勘違いや思い込みに苦しんだ5年間でもありました。今回はこれからプロになる当時の自分に対して、今だからこそ言えるメッセージを紹介したいと思います。

    1.肩の力を抜け

    君はプロであることに力みすぎている。「ショーに出るからには」とか「お金を払ってお客様が」とか、考え過ぎだ。もちろんお金をもらって縄跳びをしている以上はプロであろう。でもそれは毎日肩肘を張って仕事をするのとは意味が違う。

    とかく君はプロセスを大切にしたがる。何をするにも然るべき練習や手順をふもうとする。努力を重ねようとする。でも土曜日のショーの後に夜中の1時過ぎまで練習をし続けるなんて、正気の沙汰ではない。

    プロとは結果を出すのが仕事。プロセスにこだわり過ぎると身体や周囲を痛め付ける結果になる。ある日このツケが回ってくるのを忘れないで欲しい。

    2.怪我をナメるな

    縄跳び競技を8年間も続けた君にとって、三重跳びや四重跳びは朝飯前だろう。この程度なら大丈夫、という油断に足元をすくわれる。

    技術的に簡単なのはわかった。四重跳びをショーでやるのにポリシーを持つのもいい。だが小学校で年間100回程度のパフォーマンスをやるのと、年間480回のショーをするのはワケが違う。身体へのダメージは以前より確実に積み重なっていくことを忘れてはいけない。

    にも関わらず、君は練習を減らさない。そればかりは今まで通りのケア方法で何とかなると思っている。だからある日突然、故障で前回しすら出来なくなる。歩くことすら困難になる。長期の離脱を余儀なくされる。

    縄跳びだからといって侮ってはいけない。
    それを一番理解しているのは君ではなかったか?

    3.失敗するけど、挑戦しろ

    君はこれから5年間で多くの失敗をする。アクト中のミスは常に起こる。チームワークの問題にも巻き込まれることだろう。

    アクトに限ったことだけじゃない。

    キャラクターを目指して宙返りやクラウニングを練習するが、どちらも実らずに5年間が過ぎてしまう。ライバル達が階段を登っていくのを悔しい気持ちで眺める日が続く。

    だが安心して欲しい。これらの失敗の全てが5年後に活きている。たとえば宙返りで学んだ知識からジャンプについて別視点の気づきを得る。それが5年後の縄跳びアクトに活かされている。

    またクラウニングの練習を経て、君は数えきれないほどの知恵を授かるだろう。結果として5年間でキャラクターには辿りつけなかった。しかし縄跳びアーティストとしての新たな境地はシッカリと見えている。

    面倒臭がってはいけない。英語に億劫しているヒマはない。毎日顔を合わせるうちは気付かないが、師匠のBaltoやThomasと過ごせる時間は少ないのだ。

    まとめ

    ステージに立つこと、そしてプロであること。

    「プロとはかくあるべき」という思い込みが先行し必要以上の重圧を生み出してしまいました。時には自らプレッシャーを掛けることも必要でしょう。しかし人生の一部としてショーに出演するにはやり過ぎでした。

    肩に力の入った状態でショーに望んだ結果、相対的に「周囲が手を抜いているのでは?」という疑念にも駆られました。もちろん、そんなことはありません。1人で勝手にハイパーな重圧を生み出し背負っていただけなのです。いま思い返せば、さぞかし面倒くさい同僚だったことでしょう。

    過ぎたるは及ばざるが如し。練習でも自負でも行き過ぎた行為には反動がくる。

    プロになった5年前の自身に掛けたいメッセージが、ここに集約されています。