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  • シルクドソレイユ入団で味わった挫折感を残りえるためにやったこと。

    シルクドソレイユ入団で味わった挫折感を残りえるためにやったこと。

    こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    2009年にシルクドソレイユの契約が決まったときは、マジでうれしい瞬間でした。憧れのステージ立てるワクワクが全てを塗りつぶしてたんです。

    しかしいざステージに立つようになったら、いくつもの挫折感を味わいました。押し潰されそうな時期もありました。

    やはり、あれだけ大きな集団にいるからこそ、自分の力の弱さを痛感する機会が多いんですよね。

    シルクドソレイユで感じた三つの挫折感

    縄跳びであることの弱さ

    まず一発目に感じた挫折が「アクト」の弱さ。身も蓋もない話なんですけど、こればっかりは避けられない挫折感でした。

    シルクドソレイユはサーカス集団なので、ほとんどのアクトがアクロバットです。世界レベルの宙返りや大がかりな装置でのパフォーマンスを目の当たりにして、ロープを振り回すぐらいで彼らと互角に演技ができるのか…?と不安で押し潰されてました。

    だからこそ、縄跳びだけじゃなく「クラウニング」を学ぼうと決心したんです。

    俺には…話題性がない

    その後すぐに来たのが同僚のnasaの経歴とバックグラウンド。彼は大学院時代にJaxaに研究室があったことを始め、話題性では圧倒的に群を抜いていた。シルクドソレイユのアーティストの中でもトップクラスの異色の経歴ですよ。

    ここにバックグラウンドの無いただの縄跳びアーティストとして入った粕尾将一。二人で並んだ時には確実に「あ、もう一人ね」的な扱いを受けました。ステージに立つ段階で、話題性という意味でスタートラインが全然違ったんですよ。

    映像に映る現実と理想のギャップ

    そして何より苦しんだのが「理想と現実のギャップ」でした。

    デビューの演技を映像で見たとき、思い描くパフォーマンスとかけ離れすぎてて衝撃を超えた挫折を感じたんです。この頃は他のアーティストの演技やショーも沢山見てましたからね。思っていた以上の自身の未熟さに打ちのめされていました。

    こんな三つの挫折感で、シルクドソレイユ入団と同時に打ちのめされてたんです。

    現在(いま)にこだわる

    これを乗り越えるため、自分は「現在」を最重要視するようになりました。周囲との差が歴然であっても、バックグラウンドの話題性が無くても、今現在の結果を残すことで評価を積み重ねるしかないと気付いたんです。

    まず、シルクドソレイユで評価をされる場所はどこかと考えました。

    やはりそれはステージ上なんだなぁと。なのでしばらくの目標は自身の演技を磨き上げることでした。入団時に感じた理想とのギャップを埋めるために、毎日の映像を見直して1㎜でも理想に近づくべく反省と重ねたのです。

    映像を見直して修正を重ねる日々を2年ほど。ようやく「見れるな」と思えるレベルまで到達することができました。

    するとあれだけ毎日映像を見直しているので、他の同僚から面白がられるようになったんですよ。16時45分になるといつも登場時計のようなアーティストだと笑われながらも、業務査定の評価にも「ショーに真剣に向き合っている」というコメントが載るようになったんです。

    このとき二つ目の方向性に気付いたんです。

    いやらしい話ですが、ステージの外でも周囲に真剣に取り組んでいる様子をパフォーマンスをするのも有効なんですよね。人に見える場所で真面目で真剣に取り組むんです。

    このポイントに気付いてから同僚とコミュニケーションを積極的に取るようになりました。「○○を修正したい、○●の意見を聞きたい、○○について教えてほしい」といった具合に、縄跳びアクトを良くするために協力してほしい!というメッセージを発信し続けたんです。

    すると晩年にダブルダッチが取り入れられた頃にはチームキャプテン*1の役職の話も持ち上がり、仕事での評価も受けられるようになりました。

    人に見える工夫を

    評価を受けたいなら行動して努力するのは前提です。しかし評価をするのは他人。いくら努力を続けても、誰も見えない場所では評価を受けることはできません。

    世の中はスタートラインからハンデ戦が強いられることがあります。学歴や話題性、分野間の特性など、不利に立たされる場面は少なくないと思うのです。

    しかしハンデで持っているのは過去でしかありません。過去はいまの評価と信頼の参考になりますが、本当の評価は「いま」の方が強い。むしろ有利な反で持っていると結果に対するハードルがあがるというデメリットもあるんです。

    シルクドソレイユ入団時、話題性もない単なる無名アーティストの粕尾将一。

    クラウンのオーディションやキャラクターを演じるチャンスをもらえたのも、「現在(いま)」にこだわり続けたからなのかな?と感じてます。

    *1:集団演技でアーティストをまとめる役割のこと

  • 竹縄づくりで道具への思いやりを再発見してほしい。【かがわ・山なみ芸術祭2016】

    竹縄づくりで道具への思いやりを再発見してほしい。【かがわ・山なみ芸術祭2016】

    こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    以前、なわとびで鯉のぼりに絵を描こう!のワークショップでも訪問した「かがわ・山なみ芸術祭2016 綾川町エリア」に滞在してきました。

    今回は本祭の企画として竹縄跳び作りとパフォーマンスを披露してきました。

    竹縄づくりを提案した理由

    企画に持ち込んだ竹縄づくりは、なわとび小助でチームメイトの生山ヒジキが栃木で発掘した企画です。

    参考ページ:竹でオリジナル縄跳びを作ろう!(第7弾)|なわとび小助のブログ

    竹縄づくりをぜひ香川県でも!とお願いして今回の企画に繋がりました。

    縄のまっちゃんは、世界で一つのオリジナル自作縄跳びをを作ることに大きな意義を感じています。

    それは道具への心。

    小学校を訪問すると、校庭に放置された縄跳びや切れて捨てられたロープをたまに見かけます。縄跳びパフォーマーとして道具の大切さを伝えるのも大切な仕事だと思うのです。

    道具への心は人付き合いにも通じる

    道具を大切に扱い、道具に心を込めるのは日本人ならではの精神性。自分は道具の付き合い方を通じて、他者と丁寧に接する姿勢が身に付くと考えています。

    上手になる人は道具にこだわれる人です。こだわれる人は道具を丁寧に扱い、素材の持つ力を最大限に発揮させることができます。

    みんさんも縄跳びを買ったことありますか?100円ショップやおもちゃ屋、今でもコンビニでも手軽に手に入る道具です。手軽にできる身近な運動という良い面もありますが、実は手軽過ぎるゆえのデメリットもあると思うのです。

    簡単に手に入るモノゆえ、簡単に捨てたり無くしたりしてしまう弊害があります。

    竹縄はロープを通すのが面倒くさいです。手作業で長さの調整をしなければいけません。苦労して作ったものでも乱暴に扱えば壊れます。こうした竹縄を作るという工程を通じ、子ども達に道具への付き合い方を学んでもらいたいと考えました。

    いまを遺す「大切にした道具」との記憶

    参加させてもらった「かがわ・山なみ芸術祭2016」綾川町エリアのテーマは「いまとの対話」でした。

    いまを共に過ごした道具たちは、将来にわたって記憶と思い出を刻みこむ装置ではないでしょうか。小学校で使った縄跳びを見て、苦労して練習した記憶が鮮明に蘇ります。学校のノートを見て居眠りした授業がフラッシュバックします。

    いまを繋ぎ留めることはできません。過ぎ去っていく「いま」の断片を遺してくれるのは、大切に付き合った道具たちです。

    大切に付き合った道具たちは、将来過ぎ去った「いま」と対話をする手助けになると思うのです。

  • 子どもは本当に「上達」を望んでいるのか?

    子どもは本当に「上達」を望んでいるのか?

    こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    いつもパフォーマンスでは「体験コーナー」や「縄跳び教室」を同時に開催します。

    縄跳びは子どもにとって、見るだけじゃなく自分がやってる運動なんですよね。ゴールデンウィークで出演している「富士急ハイランド」でも毎日のショーのあとに体験コーナーをやってます。

    縄跳びといえど、上達する練習には時間がかかります。たとえ一回できたとしても安定するまでに反復練習が必要。これは他のスポーツにも言えることですが、地道な練習でしか上手くなる道はありません。

    しかし!この練習を全ての子どもに当てはめるのは、ちょっと違うと思うんですよね。

    上達と勝負ばかりを達成感に結びつける危険性

    スポーツと子どもを語るときには、よく「達成感」という言葉が使われますよね。難しい技を克服したとか、チームで勝利を目指したとか。

    たしかにこれも大切な要素だと思うんですけど、チョット偏ってるんですよね。実際には達成するまでに挫けてしまったり、目標に届くことできずに姿を消していく子どもも多いはずですよね。

    自分も中学高校時代に卓球をやってました。試合にも出ましたけど地区予選敗退ばかりで、勝てても1-2回というレベル。この意味では達成感を感じたのは6年間を通じて地区大会でベスト32に残ったときだけでした。

    そう、上達や勝利に関係する達成感を感じられるのって、大多数の人にとって本当に限られた回数なんです。上手な人はバシバシ達成感で埋め尽くされてて、あまり上手じゃない人は片手で足りるほども得られない。

    目指すのは良いんですけど、全員の達成目標に掲げてしまうのは危険だと思うのです。

    子どもは本当に上達したいの?

    体験コーナーで縄跳びを教えてるとよく感じます。この子たち、上手になりたいわけじゃないんだなぁって。

    砕けて言えば縄跳びパフォーマンスを見てテンションが上って、一緒に縄跳びしたいだけなんですよ。二重跳びの回数を伸ばしたいとか、交差とびができるようになりたいという子どももいるでしょうけど、実は少数派。

    大多数はシンプルに縄跳びが跳びたいだけ、なんです。

    さらにいえば、縄跳びが上手な人に見てもらいたい、お父さんお母さんに見て貰いたい(ほめて欲しい)と思って参加している子どもが多いんです。

    ちょうどいいのは、今できるプラスα

    楽しさを伝える場で縄跳びを教えるとき、自分は「今できること」を教えています。前とびが出来るなら、片足跳びやかけあしとび。すでに子どもが持っているモノを別の方向に活かしてあげるんです。

    二重跳びや三重跳びを教えることもできます。しかしたった20分〜30分で急激に上達させることはできません。

    だったらまずは「意欲」を持ってもらうこと。今日限りじゃなく明日も来月も、運動を続けてもらうこと。続けてもらえば、難しい技もできるようになるんですから。

    運動をする理由は「上達するため」だけじゃなくて良いと思うんですよね。

    体を動かすこと自体の楽しさ、そして誰かに認めてもらう体験。上手にならなくてもやり甲斐を得ることはできます。

  • 経験者のカンとコツは侮れない。データ収集と分析は「客観性」が全てじゃない理由。

    経験者のカンとコツは侮れない。データ収集と分析は「客観性」が全てじゃない理由。

    こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    分析やデータというと「客観的に再検証できるもの」というイメージがあります。統計的になんちゃら、相関図がなんちゃら、というヤツですね。

    大学院時代に授業分析ですこしだけかじりましたが、確か客観的な数値を見せられると納得せざるを得ません。

    しかし世の中にはデータ化しにくい物事も沢山ありますよね。むしろ数値で表せない部分にこそ、人間的なカンやコツが宿ると思うのです。

    主観的だ!の落とし穴

    研究論文のツッコミで多いのが「それは君の主観だよね」です。あなたの考えを聞いてるんじゃないです、証拠と論理を見せてください、という指摘です。

    論文で論旨やデータがずれているのは問題です。でも日常生活はむしろ主観の集合体でできてることが多いんですよ。

    いま売れてるアイドルがここまでファンを獲得した理由は何でしょうか。ファンの変動をデータで分析して、キッカケで劇的に売れて行ったことを発見したとします。そうだったのかぁ、このグループの起爆剤になったのは○○のイベントだったんだぁ…と。

    ところで、このデータにどんな意味があるでしょうか?

    売れたアイドルの変遷を調べた、という意味はあっても他のアイドルが売れるためのノウハウにはなりません、だって同じことをして同じ成果をもう一度するのって・・・不可能じゃありません?研究でいうところの再現性が無いんですよ。

    一方で売れるアイドルのプロデューサーは売れるための「カン」と「コツ」を熟知しています。これはアイドルに限ったことでは無く、データ化しにくいことに再現性を持たせている人は確実に存在するんです。

    彼らの仕事を「主観的なやり方だ」と批判するのは、何とも的外れですよね。

    分析は数字だけじゃない

    データは数字だけじゃありません。あなたが経験した事実も立派なデータなんですよ。

    たとえば上司のAさんの話しかけるタイミングはいつがベストか?を考えるとしましょう。Aさんの性格、顔色、いまの状況・・・これらを全て総合して話しかけますよね?

    ここで時間を計って何分何秒に1回!といっても意味はありません。

    仮に話しかけて怒られたら「いまじゃなかったのか・・・」という新規のデータ収集ができます。なぜ今回はダメだったのか。前回との違いは何だったのか。

    このように分析とデータ収集を続ければ、Aさん以外でも人に話しかけるタイミングを知ることができるのです。

    主観でしょ?は常套句の可能性がある

    http://www.flickr.com/photos/93736151@N00/349496270
    photo by Sidereal

    学術論文やデータ検証の場で「主観でしょ?」といわれたら必死に再検討する必要があります。

    しかし日常生活で「それ、あなたの主観だよね?」といわれても、高い確率で的外れです。むしろあなたの意見を何とかしようとする常套句の場合がほとんどだと思うんですよ。

    上記にあるように経験事実のデータ収集と分析は、主観の集合体を客観に昇華させた事例です。発信点はあくまで主観で、徐々に主観を軌道修正させているんです。

    他人に客観性をこだわる人は、実は自身の経験を収集分析できていない。

    客観的なデータや数字も大切ですが、経験というデータ収集と分析は決して侮れません。

  • トッププレイヤーと交流すると、ジャンルの特性を突き付けられる件

    トッププレイヤーと交流すると、ジャンルの特性を突き付けられる件

    こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

     

    縄跳びでパフォーマンスをしていると他ジャンルのパフォーマーと共演する機会も増えます。

     

    大道芸、アスリート系、スタチュー(回遊芸)、サーカス、中国雑技…

     

    そしてほとんどの場合、ジャンル内のトッププレイヤーの人が多いんですよ。最近ではBMXライダーチームの「Cyclentさん」と一緒に仕事をしましたが、彼らもまたBMX業界ではトッププレイヤーです。

     

    こうしたトップの人達と交流すると、ジャンルの持つ特性について考えさせられるんですよね。

     

    ジャンルのには超えられない弱みがある

    ジャンルには特性があります。

     

    例えば縄跳びは1人でも出来ます。しかし跳んでるとき両手両足が塞がてしまうので、手足の動きの自由度が低いです。

     

    こうした自分のジャンルの弱点が、他ジャンルのトッププレイヤーの演技に触れるとよく分かるんですよ。大人数の演技には勢いで勝てないし、派手なアクロバットには華やかさで見劣りしてしまう。

     

    ところが!これもまた捉え方ひとつで「ジャンルの強み」に転換することもできるんです。

     

    超えられない弱点を認めてから始まる

    弱点はあります。どのジャンルにもあります。他のジャンルを見て弱点に気づいたなら、一度潔く認めてしまうしか無いんですよね。ジャンルに根付く弱点なら一層認めざるを得ません。

     

    でも弱点は「事実」でしかない。さらにいえばこういう特性のあるジャンルなんだ!と確認する装置です。発見した特性を「強み」に転換する工夫をすればOKだと思うのです。

     

    たとえば縄跳びは移動がしやすい特性がある。ロープの操作さえできれば縦横無尽にステージを移動できるジャンルです。これを活かせば広いステージで勢いを生み出すヒントになりそうです。

     

    このように「弱点」を知ることは事実を知る装置になり、引いては強みに転換するキッカケにできます。

     

    事実をどう受け止め活かすか

     

    トッププレイヤーの演技は共演者であっても見入ってしまいます。と同時に、うちにはこれはできないな…あれはうちのほうが有利かな…と事実を知る機会になるんです。

     

    事実を突きつけられて悔しいときもあります。ズルいなぁ…と舌打ちをしたくなる時だってあります。

     

    しかし、なにが強みで弱点かは事実でしかありません。特性なんて、活かすも取り憑かれるかも本人次第。

     

    リクナビNEXTグットポイント診断も、同じように「強み」という事実を知る装置。事実を知ってはじめて、次にどう活かすかに進むことができるのではないでしょうか。

     

    関連記事
    あなたは本当に自分の「強み」を知ってるか?無料テストで客観的に診断する方法|なわとび1本で何でもできるのだ

  • 富士急ハイランドのパフォーマンスで学んだ、仕事のヤル気を上げるのにオススメしたいこと。

    富士急ハイランドのパフォーマンスで学んだ、仕事のヤル気を上げるのにオススメしたいこと。

    こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    ゴールデンウィークは富士急ハイランドで連日のパフォーマンスをしています。

    イベント&キャンペーン | 富士急ハイランド

    これだけ連続でパフォーマンスができるのはシルクドソレイユに出演していたとき以来。

    やっぱり仕事の目的が実感できる場所に立つのは大切なんですよね。

    この時間・・・なんのため?

    パフォーマーとして出演する機会って実はそんなに多くないんです。その分多いのが練習だったり演技構成だったり、独りでやる仕事なんですよ。

    練習しなきゃいいパフォーマンスが出来ません。お客さんの前に立つためには良い演技を構成するのも大切な仕事です。でもこうして独りで仕事する時間って、ときに「修行」に近くなっていくんですよ。

    ぶっちゃけると、日の当たらない時間を楽しむのは難易度が高いです。縄跳びしてるだけで楽しいのは間違いない。でも楽しい時間がずーっと続くわけじゃありません。

    地味な反復練習や失敗を繰り返していると、少しずつテンションも下がって、続きは明日で良いかななんて思うことも。気持ちを立て直すだけでエネルギーが必要になるんです。

    演技を完成させなきゃ・・・・。でも気持ちが上がらない・・・・。

    こんな葛藤と闘う時間は少なくありません。

    この笑顔でエネルギーを貰える

    こうした時間を乗り越えて自分はパフォーマンスの場に立っています。

    いざ演技をする時は緊張しますが、なにより子どもとお客さんの笑顔に元気を貰えるんです。あぁ、この瞬間のためにあの練習を続けてきたんだなぁって。

    とくに今回の富士急ハイランドのパフォーマンスはお客さんとの距離が近い。距離が近ければ近いほど、貰えるエネルギーは大きくなります。

    体力的には疲れるはず。なのに、回数を元気が増していくんです。

    おわりに

    どんな仕事でも、地味な時間と表にでる時間の両方があると思います。

    たとえ縄跳びのパフォーマンスだって、いつもいつも楽しい時間が続くわけじゃありません。

    表に出る瞬間はあなたの仕事にもあるハズです。会社で作った機会が店舗に並ぶとか、作ったWEBサービスが広く使われてるとか、撮影した写真がデザインに採用されてるとか。

    たまには、あなたの仕事の目的が達成された瞬間を意図的に目に入れる時間を作ってみてはどうでしょうか。

    日々の地味な時間も、ちょっとだけ気持ちが変わると思うのです。

  • 評価をされたいなら土俵に立て。「上手になること」は大して難しくない。

    評価をされたいなら土俵に立て。「上手になること」は大して難しくない。

    こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    縄跳び競技のジャッジ試験を受けてきました。

    この競技は「計測」と「自由演技」の二種類があるんですが、試験は自由演技の方を受けました。技の難易度や構成、ミスなどを採点します。そう、小学校でやる交差とびとかはやぶさにも、ちゃんと6段階で技難度が付いてますよ!

    競技はルールに則ってないと点数が出ません。競技規則が文化を作る弊害もありまして、評価されるのは一側面なんですよね。

    このところ記録より記憶といった風潮があります。よく「オリジナリティ vs 技術」で語られがちですが、実はこの構図には見えてない落とし穴があるんです。

    土俵に立たないと始まらない

    評価をするのは自分じゃありません。

    そもそも評価を受けられる土俵に立ってないと始まらないんですよ。人知れず山奥て修行して悟るのもいいですが、評価を受けたいなら方向は反対。修行の成果を公開して、人の目に触れないといけないです。

    個性やオリジナリティを叫ぶのは良いですが、じゃ誰に見せられてるか?を考えてない人が多い気がするんです。

    上手になるのが手っ取り早い

    勘違いされやすいですが、上手になるのはそんなに難しくありません。

    ある程度の期間きちんと練習すれば、誰でも上手になれるんですよ。それに上手になる方法論や練習法はいくらでも見つけられます。この前も岡山県で独学で5重とびが跳べるようになった人に会いましたし。

    ようは上手になりたいかどうか?だけなんです。

    そして、上手になれば土俵に立ちやすく評価を受けやすい。これが重要なポイントです。土俵に立つ機会が増えればもっと上手になるし、さまざまな出会いを招くチャンスが増えます。

    また上手さに磨きがかかれば一層注目が集まるし、オリジナリティを打ち出せば既にある影響力を活用してスグに土俵に立てます。再び土俵に立てば、また評価される機会が増える。

    つまり、土俵に立ったことがある人ほど次の評価を受ける難易度がドンドン下がるんですよ。だからいきなりオリジナリティを押すより、上手になっちゃう方が効率がいいんです。

    達成確率は上手になるのが最も高い

    世の中にはネット上で話題になって一躍有名になる人もいます。

    でもこんなシンデレラストーリーを叶えた人、世界に何人いますか?日本じゃないですよ?「世界で」ですよ?

    冷静に考えると本当に成功を掴んだのなんてごく一握り。宝くじを買うほうが可能性がありそうなほどです。

    もちろん情報や動画を発信し続けるのも一つの土俵なので、続ける価値はあります。運はどこで巡りあわせるか分かりませんからね。でもネット動画のシンデレラストーリーを待つより、上手になるほうが達成確率は高いですよ。自分次第、ですから。

    おわりに

    http://www.flickr.com/photos/93808407@N00/230848331
    photo by psi_mon

    オリジナリティや個性を叫び、評価を待つのは良いでしょう。でも評価される道順を知ってないと、せっかくの努力が徒労に終わってしまいます。

    ネットの話題は刺激的ですが、あなたに本当にチャンスが巡ってくるか誰にも分かりません。

    まずは土俵に立ちましょう。一度立ってしまえば難易度は下がっていきます。

    付け加えるなら、自分は上手になってからオリジナリティを探し始めましたよ。

  • 「映画ドラえもんのび太と雲の王国」のあらすじと感想・おすすめポイント

    「映画ドラえもんのび太と雲の王国」のあらすじと感想・おすすめポイント

    こんにちは!

    ドラえもん映画大好き、縄跳びパフォーマーのまっちゃん(@macchan8130)です。

    実家にVHSのドラえもん映画が全巻揃っているほど好きだったんですが、息子がドラえもんを見るようになり、好きが再燃。今では子どもと一緒にAmazonプライム・ビデオでひたすらドラえもん映画を見ています。

    今回紹介したいのは、ドラえもん映画の中でも個人的ショッキングメッセージ性No.1な映画ドラえもんのび太と雲の王国です。

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    [toc]

    主なあらすじ

    雲の上に天国があると考えたのび太は、伝記や物語を集めてきて天国を語ります。でもそんな作り話は無い!とジャイアン・スネ夫にバカにされ、ドラえもんに相談します。

    でもやっぱり水蒸気の上に人は乗れない…だったらいっそ、ひみつ道具で自分達だけの雲の王国をつくっちゃおう!!というお話です。

    「雲かためガス」を使って雲に乗れるようにして、雲ロボットたちに手伝ってもらい雲の王国は完成。マンガ図書館やゲームセンターなど、のび太達の夢を叶えた王国が完成します。

    あるとき雲の王国が槍ヶ岳の山頂に引っかかり、そこで絶滅したはずの「グリプトドン」に乗った少年と出会います。雲の王国で手当したけど、翌朝にはいなくなっている。慌てて槍ヶ岳に戻って探しに行ったら、今度は風に流されて雲の王国が行方不明に・・・。

    王国を探していると、全く違った雲の世界(天上世界)に迷い込んでしまいます。

    天上人のパルパルはとても親切で優しい人。でも実は、地球環境の破壊で天上世界は滅亡の危機に晒されていました。滅亡を避けるため、地上世界を大雨で全て流してリセットするという衝撃の計画が静かに進行していたのです。

    環境問題へのメッセージがすごい

    環境問題をショッキングな形で扱ってるのが「雲の王国」です。ドラえもん映画の中でもスバ抜けてメッセージ性の強い作品なんですよね。

    雲の上にある王国では地上人の環境破壊が深刻な問題になり、このままでは絶滅するしかない危機に晒されています。そこでやむを得ず地上の文明を大洪水で全て洗い流してしまう「ノア計画」を発動することに。地上人代表として天上国で裁かれるしずかちゃん・スネ夫・ジャイアンの3人の様子は、不気味なリアリティがあるんです。

    もしこのまま地球環境が破壊されていけば、我々は自らノア計画を実行してしまうかもしれないんです。

    日本でもゲリラ豪雨が増えています。急激に強い雨が振り続ける様子は、地上人である我々自身がノア計画を進めているようにすら思えます。そして天上世界の審判を受けている3人は、地上人の良心が投影されてるように思えてなりません。

    責任を感じ「雲もどしガス」に飛び込むドラえもん

    同じぐらいショッキングなのが、ドラえもんが天上世界を救うために「雲もどしガス」のタンクに一人で突っ込むシーン。

    ノア計画を知った地上人の密猟者達は、雲の王国を乗っ取り天上世界に戦いを挑みます。天上世界をただの水蒸気に戻してしまう「雲もどしガス」を打ち込み、壊滅させるつもりだったんです。

    のび太達は為す術無く捕まってしまい、その間にエネルギー庁(ソーラーパネルを並べている無人の雲)が撃ち落とされてしまいます。

    「雲もどしガスを使って雲の王国を無くすしか、何万人もの天上人の命を守ることができない」

    ドラえもんは即座に決断し、道具を出した責任を抱えながら「雲もどしガス」のタンクに飛び込むんです。なんど見ても怖さを覚えるシーンです。

    環境問題への強烈なインパクト

    ドラえもんのび太の雲の王国は、ドラえもん映画の中で「アニマル惑星」と並ぶメッセージ性が強い作品です。

    個人的にはアニマル惑星よりも刺激が強く、怖さを持って伝えている印象ですね。子どもじゃなくて大人がビックリする作品なんです。

    たまに見たくなるんですけど、同じぐらい「どうしようかな・・・」と薄っすらためらう。楽しいだけじゃないドラえもん映画として、絶対に外せない作品です。

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  • 「映画ドラえもんのび太の日本誕生」のあらすじと感想・おすすめポイント

    「映画ドラえもんのび太の日本誕生」のあらすじと感想・おすすめポイント

    こんにちは!

    ドラえもん映画大好きな、縄跳びパフォーマーのまっちゃん(@macchan8130)です。

    実家にVHSで全巻を持っているほどドラえもん映画が好きなんですが、最近はAmazonプライムビデオのおかげで暇さえあれば見ています。1作目から新しい作品まで見れるので、ホントにあっという間に時間が経っちゃうんですよね。。。

    しかも息子がちょうどドラえもん映画に興味をもつお年頃。親子一緒になって見れるのもうれしいですね。

    どの作品も好きなんですが、今回は息子も大好きな「ドラえもんのび太の日本誕生」のあらすじと感想、オススメポイントを紹介します。

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    [toc]

    あらすじ

    家で怒られてばかりののび太は、家出することを決意します。家出するためには「衣・食・住」があれば大丈夫!とドラえもんのひみつ道具で意気揚々と第一歩を踏み出すけど・・・そう簡単には行かない。

    今の時代は日本中、いや地球上のすべての土地が誰かの所有地なので、家出する宛がないんです。

    ジャイアン・スネ夫・しずか・ドラえもんも個々の事情で家出を決めますが、一層住む場所が問題に。そこでのび太が「人間が来る前に昔の時代に行けばいいんだ!」と言い出し、7万年前の日本へ家出します。

    同じ頃、7万年前の中国に住んでいた「ククル」が時空乱流に巻き込まれて現代に現れます。誰もいないと思っていた7万年前ですが、中国にはすでに「ヒカリ族」が暮らしていたんですね。ククルやヒカリ族が恐れるのはギガゾンビを筆頭にした「クラヤミ族」。彼らに捕まれば北の方に奴隷として連れて行かれてしまうといいます。

    ククルが留守にしている間に村の仲間も連れて行かれてしまい、彼らを助けに行くのですが・・・。実はギガゾンビは「時間犯罪者」として23世紀から来た未来人だったのです。

    日本誕生の新作と旧先の違い

    旧作の日本誕生には笑いが満載!!

    ドラえもん映画の中で一番回数を見た作品で、うちの息子も大好きな日本誕生です。3歳にしてセリフを覚えてるので、こりゃ将来有望ですね(なんの)

    個人的にはとくに旧作が好きなんですが、随所に細かいネタが小ボケが挟まってるんですよ。

    • 大根型の器に入ってる食事をのび太がそのままかじってしまうとか、
    • 独立への第一歩を踏み出すぞ---といって、一歩目を踏み外すとか、
    • たずね人ステッキを出しすぎてネタにされるとか・・・

    もうね、細かすぎて拾うの大変でしょ!?ってレベルでネタをぶち込んできます。ドラえもんのび太の日本誕生に限らずですが、この時期のドラえもん映画には笑いの要素を散りばめてたんですよね。

    あと場面に合わせた音楽も秀逸。いまでも音楽でシーンを覚えていて、クラヤミ族と戦ってヒカリ族を奪還したあと、ククルが家族と再開したところ。旧作の音楽がぶわ〜って脳内再生されます。

    最後の武田鉄矢さんの「時空の旅人」は素晴らしすぎる。ペットとして作った3匹とのお別れというシーン。ただ泣くだけじゃない、なんとも言えない雰囲気で包んでくれます。

    日本誕生はリメイクでも作られただけあって、本筋のストーリーも見応えあり。息子は新作が好きで、自分が旧作方が好きなので、いつもどっちを見るかで喧嘩してます(笑)

    新作の日本誕生は・・・ママの心情描写が良い

    新作の日本誕生はテンポが早いイメージですね。どのシーンもスーッと進んでいく感じで、あまりネタや笑いを挟む感じじゃありません。

    でものび太が大根をかじるシーンは回収してほしかったなぁ…。

    新作の方ではママの心情描写が伏線として新しく入っています。旧作はただ怒るだけだったママですが、のび太を心配する母親としての葛藤が細かく描かれてるんです。

    パパの発言にも「折の中にいたら、息苦しくもなるさ」というのがあり、子どもの成長を喜びながらも子離れができない親を表現してるんですよね。

    今の子どもの親世代がちょうど旧作を見てたんですよね。だからこそ新しいドラえもんは子ども向けかと思いきや、脚本では大人が見ててジーンどする作品なんだと思います。

    リメイク板ドラえもん映画は親子で楽しめる

    ドラえもんのび太の日本誕生は、息子がドラえもんにハマるキッカケになった映画です。いまでもAmazonプライムビデオでひたすら繰り返し見てて、セリフを覚えるほど見倒してます。

    自分は他の子ども向けアニメはあまり見ません。でもドラえもん映画なら一緒に見れるんです。

    かつて子供の頃にドラえもん映画を見ていた人は、いまの子供と一緒にドラえもん映画を見るのはどうでしょうか?同じ作品で一緒に笑えるのって、なんかうれしいですよ。

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  • もっと外に跳び出そう。限られた空間に、出会いは生れない。

    もっと外に跳び出そう。限られた空間に、出会いは生れない。

    こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    高校生の頃はよく外で縄跳びをしていました。

    でもいつの頃からか室内で練習する機会が増えました。シルクドソレイユに居た時なんて、室内以外で縄跳びをすることの方が少なかった。

    でも気付きました。室内練習が増えたことで「閉じこもる感覚」が強くなっていた。これは縄跳びパフォーマーとして、さらに縄跳び普及の視点から見てもマイナスだったんです。

    室内は限られた空間になる

    ぶっちゃけ縄跳びは室内の方がやりやすいです。コンクリートの床は足への負担が大きく怪我の原因になります。また風の影響でロープが流されて、練習の効率があまり良くありません。

    本気で競技選手としてトレーニングするなら、間違いなく室内の練習の方がいいでしょう。

    ただ、室内は限られた空間になります。ほとんどの場所は有料か抽選ですからね。つまり限られた人しか参加できず時間も制約がある。するとどうしてもシッカリ時間とスケジュールを立てて「練習する空間」になるんです。

    ここにはフラッと立ち寄る雰囲気を作りにくいデメリットがあります。

    この点、屋外は外です。公園は誰でも出入りできますし時間も場所も原則自由。

    すると多くの人の目に着くチャンスが増えるんですよ。たまたま立ち寄った公園で縄跳びをやってた!という偶然の出会いの可能性が広がります。室内だとこうはいきません。

    外にはたくさんの「人」がいる

    自分も本気で練習するときは集中力を高めるために室内を使います。ただ、いつもいつも室内にする必要ってないと思うんです。

    むしろ仕事で演技をする場所は屋外が多い。室内の安定した環境より天候や環境に左右される屋外の方が実践練習に向くんです。

    公共の場所には自然とギャラリーもいますしね。先日もフラッと近所の公園に遊びにいって、その場に居た子ども達と縄跳びを楽しんできました。

    こんな出会いは室内練習じゃありえません。こっちから必死の募集して集まってもらわない限り、子ども達に教える機会なんて生まれないんです。

    おわりに

    自分は縄跳びパフォーマーとして人に演技を観てもらい、縄跳びの楽しさを伝える仕事をしています。つまり人と触れ合い、繋がりあう仕事。

    なのに室内にこもっていては、人と触れ合う機会が減っていく一方です。外に出れば子どもがいます。出会いがあります。

    集中する練習も大切でしょう。しかし人との交流接点がないのは、指導者・パフォーマーとして大きなマイナスです。

    これからは「近所の縄跳び上手なニーちゃん」的な立ち位置を目指して、もっと外に跳び出していきたいですね。

  • 楽しさを伝えるのは「縄跳び」で運動が嫌いになった人へ罪滅ぼし。

    楽しさを伝えるのは「縄跳び」で運動が嫌いになった人へ罪滅ぼし。

    こんにちはー。 縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

     

    中学校に入ってから、自分は急激に運動が苦手になりました。

     

    縄跳びや器械体操が得意だったので小学校までは良かったんです。でも中学に入ってからは球技一色。ボールを使うスポーツは苦手意識が強いんです。

     

    だってクラスにはスポーツ少年団でバリバリやってる上手な子がいて、自分はなんとなくグラウンドに立ってるだけ。上手にできないモノは詰まらないですからね。パスも回ってこないし、少しずつ距離を取るようになりました。

     
    【関連記事】
    運動好きの大人が、運動嫌いの子どもを作る|なわとび1本で何でもできるのだ
     

    自分は中学校でこの構図に当てはまりました。でもこれ、小学校で苦しんでる子どもも少なくないハズです。さらいえば縄跳びが運動嫌いを助長してるケースだって多いのではと感じてます。

     

    縄跳びは運動が嫌いを助長していないか?

    運動に限らず上達が実感できるモノは楽しいです。反対にいつまでやっても上達しないのはツマラナイ。大人だって同じですよね。

     

    縄跳びは地道な練習が必要な運動です。何度も引っかかって、何度も失敗して、ときに痛い思いをして…(冬場の耳とかっ!!)

     

    この過程で上達を実感できる子なら放っておいても上手になります。実感できない子どもはどうかといえば、練習の意味を感じなくなり急激にやる気を失って尻を叩かれてやっと続ける状態に。

     

    この段階で子どもにとって縄跳びは楽しいモノじゃなくなります。ただ言われて続けるもの。そして「やらされてるだけ」に変わっていくのです。

     

    長縄はいじめの温床になる

    長縄・大縄で苦しめられる子どもいます。長いロープの中に入るには一歩目を踏み出す勇気が必要。ところが自信のない間は躊躇し、モタついてしまうんですよ。

     

    次第に周囲からは急かされ、気持ちは焦り、どんどん入りにくくなる。やっとの思いで入ったものの、すぐに引っかかってしまえば…考えただけでも心が苦しいです。

     

    長縄・大縄はチームワークが必要です。ゆえに人とのコミュニケーションが活発になり情操教育に役立ちます。

     

    ただしチームワークは諸刃の剣。一歩踏み外せば、集団いじめの温床になります。失敗しやすい人を助ける雰囲気なのか、その人を排除する雰囲気なのか。雰囲気の紙一重で子どもを深く傷つける危険性があるのです。

     

    好きじゃなくても忌嫌しないでほしい

    100人中100人全員に縄跳び上手なって欲しいとは思いません。しかし運動に対してネガティブな印象を持ってほしくない。

     

    競技力を上達させるだけがスポーツではありません。今ある技能を使って楽しむ方法だって沢山あるんです。

     

    サッカーのチームプレーができなくても、リフティングを続ける遊び方があります。8段の跳箱がとべなくても、4段をシンクロして一緒にとぶ方法があります。

     

    子どもの上達方向は一つじゃないんですよ。大人が決めた上達の方向に全ての子どもを当てはめようとするから無理が生じるんです。

     

    上達の実感は成功体験から生まれます。鉄棒で逆上がりができなくても、腕支持が長時間できるのも立派な上達。こうした子どもなりの成功を認める柔軟性が求められてると思うのです。

     

    おわりに

     

    写真提供:NPO法人Dance Association Seeds
    写真撮影:第二映像企画

     

    自分は幸運でした。学校でやった縄跳びに上達の実感をもてたんです。放っておいても練習を続け、高校で本気になり、気付けばシルクドソレイユに入っていました。

     

    もちろん二重跳びはやぶさの練習方法も知ってます。しかし自分のやった「縄跳び」に上達の実感をもてない子どもに縄跳びを押し付ける、運動嫌いキッカケにしてしまうのは申し訳ないんです。

     

    だからこそ狭い意味での上達だけでない、楽しさを実感できる方法を伝えていきたい。これは「縄跳び」で運動嫌いになった人への罪滅ぼし、なのかもしれません。

  • 構成力とはなにか?「みんな初めから最後まで見てる」は幻想

    構成力とはなにか?「みんな初めから最後まで見てる」は幻想

    こんにちはー。縄跳びパフォーマーの粕尾将一(@macchan8130)です。

    自分は文章を書くのが好きです。ブログの更新が続いてるのも、純粋に文章を書いてる瞬間が好きだからなんですよね。なので文章に関する書籍は気になります。とくに文章力・構成力については興味津々。

    色んな本は読んだんですが、文章力はなにか?と言われると明確に答えてくれません。文章は短くしろ!「が」の使い方に注意!みたいなテクニックはあるんですけど、じゃ何をもって良い文章なの?に答えてくれない。

    やっと見つけました。この本はズバっ!と定義してくれました。しかもこの定義は「パフォーマンス」を構成するときにも重要な視点だと思うのです。

    新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)

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    目標がないと進めない

    この本では良い文章=最後まで読んでもらえる文章(完読)と定義しています。どれだけ文学的な表現でも最後まで読んでもらえなければ、ここでは良い文章とは言えません。

    練習は目標が無ければダメです。闇雲にトレーニングしても遠回りになるんです。テクニックも必要ですが、それはあくまで目標に近づくための手段。

    文章の完読について詳しい内容は著書に譲りますが「完読」の考え方はパフォーマンスにも重要な視点。演技を最後まで観てもらえるか?は見落とされがちな視点だからです。

    精魂込めた演技も、人に観てもらえてはじめて評価対象になります。どこか我々は「披露さえすればみんなが観てくれる」という幻想がを抱きがち。

    ぶっちゃけ、大会観戦の人は知人チームか有名人以外ほとんど見てくれません。あなたの演技を観るメリットを想定できないからです。あなたの2分30秒の演技より、今のうちにトイレに行って知り合いの演技に備えたい。

    想像しただけでも悲しいですよね?

    だからこそ多くの人が意識してほしい目標なんです。

    構成力は「演技」に通じる

    良い演技の定義は曖昧です。

    世界レベルの技を成功させることか、拍手か、はたまた誰かを満足させることか。文章と同じで目標が定まらないと方向性が見えませんよね。

    ここでぜひ一度、最後まで演技を観てもらえる「完観」を目標にしてみましょう。完観とは最後まで演技を観てもらえる事を意味する造語。途中で飽きて集中を逸らさないような構成力を意味します。

    たとえば演技完観に一番の強敵は「スマホ」です。演技中のちょっとした間延びやダレでスマホに負けます。スマホをみるのに10秒も掛りませんから。

    また他の観客の出入り、ステージ後ろの些細な動き、突然の物音、こうした完観を妨げる敵達と闘わなければいけない。

    最後まで見てもらえるという空想が崩れてはじめて、技やアピールだけは不十分だと理解できるのです。

    羅列は構成じゃない

    演技には構成が必要です。しかし実際には技を羅列してるだけの演技も頻繁に見かけます。

    技自体は素晴らしいんです。難しいことやってるんだなぁと思います。でも最後まで見る前に飽きてしまう。なぜなら観る人の視点に立った構成をしておらず、単に技を羅列してるからです。

    演技には意図が必要です。この技を見てほしい、この動きを観てほしい。これらの意図を伝わる形に整え、気持ちを離脱させず最後まで見てもらう(=完観)のが構成力です。

    むやみに技を羅列しているだけでは観客には伝わりません。人の集中力は、単調な刺激では30秒もすれば切れてしまうのです。

    おわりに

    http://www.flickr.com/photos/19021567@N00/8529513470
    photo by < J >

    完読の考え方はやパフォーマンスにも重要な視点です。いくらあなたが心血を注いだ作品だろうとも、人に観てもらえてはじめて存在できるのです。

    この意味で、構成力は人に伝える流れを整える様々な事に通じます。カッコイイもスゴイも刺激です。単調に続けば観る人は飽きてしまう。

    ダブルダッチ界ではミスのない演技を完デモと呼びますが、今後は最後まで演技を観てもらえる構成「完観」の概念も加わってほしいですね。

    新しい文章力の教室 苦手を得意に変えるナタリー式トレーニング (できるビジネス)

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