人生のターニングポイント

シルクドソレイユの中で5年間追い続けた『夢』を諦めることにした

a finger points to the moon

ここ10日間ほど怪我の再発でショーをアウトしていた。

演技ができないことは悲しいけど、いつも立っているステージを外から見る絶好の機会でもある。ステージに立っていると見えないこと、近すぎて見誤っていること。こうして引いて観察すると少しだけ客観的に見ることが出来るのかもしれない。

ラヌーバに来て早いもので5年目になる。これまでの経験で今も色濃く影響を与えているのがこれ。

遡ること2011年3月。まだショーに出演して1年も経たない頃にこれは突然やってきた。尊敬するクラウンにお褒めの言葉をもらって、飛び上がるぐらいに喜んだ。そして本気でショーの中でキャラクター・クラウンになろうと心に決めた日。

あれから4年の月日が経った。

目標に向けて走ってきた

あの日から「ラヌーバのキャラクターになりたい」という夢に向けて動き始めた。具体的には「LesCons(レコン)」というキャラで、ショーの中心的な役割を果たす。彼らは常に4人1組で動きコミカルに笑いを取ったかと思えば、超絶なアクロバットを披露する。ラヌーバといえばレコン。とあるディレクターが「レコンは世界でもっとも面白くて美しい」と評したこともあるほど、代名詞的な存在である。

恐れ多くも自分は4年間、このレコンを目指してきた。

ステージでの動き、コミカルさ、そして存在感。レコンは自分の目指すキャラクター像にピッタリでで、この仕事がやりたい!!と心の底から思えた。さらに言えばレコン4人の1人としてステージに立っている自分がかなり鮮明に想像できたのだ。

★★

レコンになりたい、レコンとしてラヌーバのステージに立ちたい。こう考えた日からどうすればレコンになれるかを考えて動き始めた。まず最初に考えたのがキャラクターのトレーニング。幸運にも毎年1つずつぐらいのペースでチャンスが巡ってきて、率先して自分を試しにかかった。

2011年にショー内の発表会キャバレーが開催され、進行役を茶化すクラウンとして出演。
初めて人前に縄を持たずに立った。


2012年に目指すレコンのショー内オーディションを受ける。
結果は不合格で適性の必要を痛感した


2013年3月のOrlando Balletとのコラボイベントで、キャラクターとして出演。
初めてステージでActingを経験。


2013年9月に開催されたラヌーバシアターでのクラウンオーディションへの挑戦。
結果としてワークショップという流れになったけど、本気のクラウンを目にして力不足を思い知った。

これらのステージを経験していく中で自分に足りないもの、もっとトレーニングが必要な事柄がわかった。次に進むには何が必要なのか、どんな手続きを踏めば良いのかを常に考え続けた。

足りないのは努力なのだろうか

Climbing the Shark's Fin

この期間の中でも2013年5月〜9月に掛けては死ぬほど頑張った。師匠のBaltoに頼み込んでにクラウンのトレーニングをしてもらう。一方でBaltoが居ない時間には自主練習で映像を取りながら何個も何個もクラウンのネタを作っていく。日々Baltoに厳しい言葉を受けたが、同時に発見も多い楽しい時間だった。
本物のクラウンを前にしては、自分なんぞ何をしても素人。全く要求に答えられない。しがみついて、しがみついて。それでも最後は無理だって諭されて。本物のクラウンを目指すのにはこの程度のトレーニング期間ではとても無理なのだと身にしみて感じた。

一方で、他の仲間達は次々とキャラクターとして階段を登っていく。

2010年にショーに入ってから、既に5人のアーティストがバックアップとしてラヌーバのキャラクターを演じている。中には後輩アーティストもいて一緒にワークショップを受けたこともあるし、2013年の9月のオーディションも一緒に受けた。主観と妬みが入っているのは承知のうえで、彼らのキャラクターとしての資質は自分と大差ないと思う。それぞれに専門があるが、ガッツリとキャラクターのトレーニングを受けたわけでもないし、ましてやクラウンのトレーニングをしているワケでもない。

それでも順番にチャンスは巡っていく。自分を除いて。

優先順位の現実を受け止める

Changed priorities ahead

キャラクターとしてチャンスを得ていく仲間たちが羨ましかった。「なんであいつが」と思い込んで、妬みの感情を隠すのに必死なことも多かった。これほど願って、望んで、キャラクターに向けたトレーニングを積んできているのに…何でだ。

答えは簡単だった。
条件という現実が全てだった。

キャラクターとしてステージに立つには当然求められる能力がある。レコンの場合はクラウン的なコミカルさ、そしてアクロバットの能力。傲慢なのを承知で、仮に自分はクラウン的なコミカルさは及第点だったとしよう。しかしアクロバットに関してはそう簡単にいかない。レコンで求められるアクロバットのレベルは世界レベル。バク転と宙返りの捻りが何となく出来たレベルではお話にならない。具体例をあげれば、伸身新月面を毎日やってる。世界でもトップレベルと言っても過言じゃない。たとえクラウン的なコミカルさが及第点だった所で、アクロバットが出来なければ求められる人材には成り得ない。どちらの要素も両輪のように大切で、レコンとしてステージに立つには欠かせない。

もちろんこの条件は理解していた。少なからずアクロバットが出来なければチャンスがないことも百も承知だった。だからこそ7ヶ月の間トランポリンと向き合って宙返りとバク転の練習を繰り返したのだ。トランポリン練習風景はこの辺の記事で書いてた。

日々ショーとショーの間の時間を利用して練習に励み、コーチに基礎から教えてもらってアクロバット習得を目指した。ところが現実は過酷で普通に宙返りをするだけでも2ヶ月近くかかって、そこから毎日のように練習を重ねても1回捻りをやっと出来る程度。幼い頃からトレーニングを積んできた彼らに追いつこうなんておこがましいも甚だしい。結局アクロバットのレベルは素人に毛が生えたぐらいまでしか上げることは適わなかった。

さらに追い打ちを掛けるのはポジションの条件。自分たちはソリストという扱いで出演している。これは縄跳びアクトは特殊な技能だから別の人ができないという意味でもある。ようはラヌーバの中に縄跳びアクトをメインで出来る人間が2人しかいない。その内1人が抜けてしまえばアクトへの影響は火を見るよりも明らかだ。
たとえば別にもう1人の縄跳びソリストがいれば3人で回すことも出来るだろう、もしくはOn Callという地元契約の縄跳びアーティストを探しだし、抜ける時だけ代役を頼むとか。あとは誰か全く畑違いの1人を縄跳びアーティストになるまで育てるか…。いずれも可能性として限りなく低く労力がかかる。バックアップとして雇うのに、そのためのバックアップを別に雇うなんて、もはや本末転倒もいいところ。

だったら集団演技をしているアーティスト1人をバックアップにしたほうが確実に効率がいい。良いか悪いかは別にして、団体演技は1人2人抜けても何とか回せるようなシステムになっている。加えて集団演技といえばアクロバットの基礎ができているアーティストを指す。彼らが専門とするトランポリンや空中ブランコ、練習すれば自分の何百倍も早く伸身新月面を習得できることだろう。

バックアップの本来の目的。それは備えること。備える先は他への影響やリスクが少ないほうが良い。アクロバットも出来ない・抜けたら周囲に影響を与えまくりの自分は、バックアップ候補のテーブルにすら上がれない。

望むゴールを今一度考える

Where the Mediterranean Sea meets Aegean Sea

レコンにはなれない。なれたとしても万馬券を当てるような確率だ。自分の努力だけじゃどうにも覆しきれない現実と条件、これが4年間もがいてみて辿り着いた結論だ。出来るだけのことをやって報われなかったのは悲しい。しかしこのまま勝ち目の薄い戦いを続けることの方がもっと辛い。
つい最近も別のアーティストが新しいレコンのバックアップとして候補に挙がってトレーニングが開始した。彼はタンブリングでフランス代表として活躍した名選手で、アクロバットに関して申し分ない条件を兼ね備えている。キャラクターとしても既に他のバックアップを経験しているため、最適任なのは誰が見ても明らかだ。

おそらく今後も似たような状況が続く。

もう妬みの感情は沢山だ。

こんな状態を抜け出すため、改めて目指すゴールをじっくり、ゆっくり見つめる。
4年前からの目標はキャラクターとしてステージに立つこと。身近で目標にしやすかったのはレコンだった。しかしキャラクターになりたい目標の一部にレコンが含まれているだけ、と気づいた。つまりレコンじゃないキャラクターであっても目標は達成できる。だったら他のチャンスを目指して方向転換したほうが目標に達成できる可能性が上がる。たとえそれがラヌーバでなくとも、だ。

先に挙げたアーティストはレコンとしての適正があった。アクロバットが出来る、そしてキャラクターが出来る。一方で自分は縄跳びが出来る、キャラクターが出来る。既存の場所に入るよりも新しいポジションを生み出すほうが難しい。しかしレコンを目指すよりは可能性は高い。いまのシルクドソレイユのショーには縄跳びをメインにするキャラクターは存在しない。誰もやったことがないからこそ、狙う楽しさもある。方向さえ定まればどうステップを踏むかの青写真が想像しやすい。

要は縄跳びアーティストとしての価値を上げることである。

★★

幸か不幸か、10日間OUTという時間を得たことで読書をする時間があった。
偶然に出会ったの1冊が今話題の為末さん著「諦める力」だった。

比べるのも失礼なほど為末さんはアスリートとして成功している。ただ曲りなりにも日の丸を背負い限界まで練習で追い込んだ経験があるので共感する部分が多かった。花型の100mから400mハードルへの転向は、どこか縄跳び競技からサーカスへ転向した自分と重なる。世界では勝てないことを心のどこかで感じ、もとより人前で演じることが好きだったこと、縄跳びパフォーマンスが大好きだったことから、サーカスの世界へ飛び込んだ。

あれから5年。
自分に最初からあったのは縄跳び。
5年で得たものはキャラクターを演じる快感と可能性。

レコンになる夢は諦める。
でもそれはキャラクターをしてシルクドソレイユのステージに立つ夢の1つの道が行き止まりだっただけだ。見えてないだけ、もしくは見たくなかっただけで他にも迂回する道はたくさんある。単なる逃げだ、努力不足だと言われるのは仕方ない。

でも、あくまで夢にこだわるからこそ、いまは諦める。