世界チャンピオンになれなかった、僕らの生存戦略。



ジャンルを問わずコンテストや大会が開催されています。サッカーや野球のようなメジャースポーツはもちろんのこと、縄跳びのようなニッチな分野でも世界大会があるぐらいですからね。

世間にはきっと隠れた世界チャンピオンや日本チャンピオンがゴロゴロいるはずなんですよ。

そして、一番がいれば二番や三番になる人だっているはず。いえむしろ二番手や三番手なら良い方で、もっと沢山のトップになれなかった自分、を抱えた人が多いはずなんです。

世界一になれない自分を抱える

縄跳びパフォーマーのまっちゃん(@macchan8130)も、全日本大会とアジア大会では敵なしのチャンピオンでしたけど、世界の壁には最後まで届きませんでした。世界一にはなれなかった1人です。

世界一に届きそうで届かないってのはシンドいですよ。少しだけ歯車が違えば世界一になってたかもしれないと思うと、そんな自分を負の遺産として抱えてしまうんです。

こっから大切なのが、世界一になれなかった自分をどうやって抱えながら生きていくかなんです。

世界一じゃなくても生きていく

好きな事を仕事にするには実績と肩書が最低限必要です。

ここにサクッと「◯◯競技 世界チャンピオン」なんて書いてあったらカッコイイですよね。説得力もありますし、仕事にも繋がるでしょう。

でも注意深く考えたいのは「世界一」は最後のエッセンスでしかないということ。ラーメンなら最後に乗っかるナルトとかチャーシューみたいなもの。つまり世界一であるコト以外のほうが、好きを仕事にするために必要な要素が多いんです。

世界一称号だけで仕事が無い人たち

世界一はチャーシューみたいなものです。ラーメンを頼んだのにチャーシューだけが来ても困りますよね。麺とスープをよこせって。

世界チャンピオンの称号だけで仕事がない人が、まさにこの状況なんです。クオリティの高いチャーシューを出すのはわかるんだけど、本当に欲しい麺とスープが提供できない。チャーシューだけが好きなマニアックなお客さんは良いんですけど、それ以外の人たちは満足できません。

誰が見ても麺とスープを準備すれば良いんです。けど、称号があるほどこだわりたくなる。チャーシューの煮込み方を変えても、縛り方を変えても、麺とスープが来ない限りお客さんは増えない。

でもこだわってしまう。称号の怖いとこですね。

世界チャンピオンじゃない僕らの生存戦略

世界チャンピオンは素晴らしい実績です。でもあなたにこの称号がなくても大丈夫。ちゃんとお客に麺とスープを提供すれば良いんです。チャーシューがなくても美味しいラーメンは出来ますから。

具材にこだわるんじゃなくて、お客様の欲しがるモノを提供するのが価値を提供するということです。

お客さんは何を求めてるんですかね。
反対に、あなたはお客さんに何を求めてほしいですか?

この問いを続けていくことが、自分を含めた世界チャンピオンになれなかった人の生存戦略だと思うんです。



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